税理士損害賠償請求事例にみる「過失相殺」と「損益相殺」

当サイトの税理士損害賠償請求に関する記事で、債務不履行に基づく損害賠償請求が認められてしまう要件をそれぞれ解説をしました。
税賠に関する記事一覧
しかし、特に税理士損害賠償の場合に、実際に賠償しなければならない金額はいくら?ということを確定するためには、「過失相殺」、「損益相殺」というものが多くのケースで関係してきます
一般的な税理士損害賠償に関する記事)。

今回は、この過失相殺や損益相殺について具体的に解説したいと思います。
なお、税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた私の経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

1 過失相殺

過失相殺とは、債権者(依頼者)の損害発生への過失(寄与度)を考慮し、損害金を減算するものです。特に税理士損害賠償というのは、あくまでも依頼者の資料提出の不備などが1つの原因といえることも多いため、過失相殺は、裁判になると必ずと言っていいほど主張されます。
過失相殺は、損害の分担における公平を維持するための制度です。ただし、過失相殺を認めるか、いくら認めるかという点は、裁判所の裁量というように考えられています。義務違反の類型などにも依存するところです。

裁量と言っても、裁判例の集積を通じて、ある程度の実務上の目安はあるのかと思いますので、そのあたりの裁判例を見ていきましょう。

1.1 9割を過失相殺!依頼者の強い指示などによる積極的関与

前橋地裁平成14年12月6日判決(注:筆者要約)
税理士は、依頼者から所得税の確定申告書の作成を依頼され、事務所の職員を業務にあたらせた。職員の要求にもかかわらず、依頼者は資料を一切示さず、過年分の申告書の写しを元に申告するよう依頼。その後、査察が入り、延滞税、重加算税の賦課決定がされた。職員は依頼どおりに申告すれば隠ぺい、仮装の疑いが生じること、結果として過少申告になった場合には重加算税等の賦課決定を受けることなどの説明をしな買った事例

つまりは、依頼者の積極的な指示により、資料に基づかない申告ができなかった事例です。税理士の先生としては、これで損害を賠償するのかよ!?というところだと思います。
しかし、重加算税の説明などそのまま申告するとどのような不利益が生じるリスクがあるのかは、税理士の先生は説明しなければなりませんので、義務違反があったとされました。(説明義務に関する記事
ただし、そうはいうものの、この事例では、依頼者が、資料を示さずに過年分の申告書の写しを元に申告するよう依頼し、職員は資料の提出を再三お願いしていたという事例ですので、依頼者がかなり悪質ですよね。

このように、依頼者の積極的な指示に基づいていたという事情を考慮して、過失割合を9割として、税理士は損害のうち1割相当額を支払えばよいという結論となりました。

1.2 5割を過失相殺!税理士の指摘はあるが説明が不十分!

こちらは、説明が若干複雑ですので、箇条書きにします。

  1. ◯Xは、A社とB社の100%株主兼代表取締役
  2. ◯A社は、B社の会計業務等の本部機能を一括管理
  3. ◯管理に必要な費用として、B社管理費、A社収益として計上
  4. ◯顧問税理士は、ロイヤリティ契約締結を一度進言
  5. ◯Xは、自分が決めている管理費は、実費相当額に過ぎず、資料もあると税理士に回答
  6. ◯顧問税理士は、裏付け資料等の確認や否認されるおそれがあること等の説明・指導はせず、Xが決めた額をそのまま管理費として計上し申告したが、税務調査で寄付金認定され、修正申告

ここでも、税理士さんとしては、依頼者の言動を信じています。一度言われてそのまま信じて資料などの確認を取らなかったという点に、義務違反が認められています。
ただし、この事例では、税理士さんも危うさを感じ、ロイヤリティ契約締結を一度進言していますし、その進言に対して、依頼者が虚偽の説明をしている事例ですので、5割の責任は依頼者にあるとされたと考えることができます。ただし、やはり1度ではなく、申告の度に注意するなどの行為をしていれば、より税理士さんの責任は軽くなると思います。

なお、この裁判例自体は、因果関係の中で5割を認定していますが、過失相殺5割になる前例として考えてよいかと思います。また、グループ法人税制により、寄付金認定のケースは少なくなってきているとは思いますが、過失相殺についての先例としての価値があるかと思います。

1.3 3割を過失相殺!依頼者が敢えて説明をしなかったケース!

平成25年1月24東京高裁
(注:説明の便宜のため、過失相殺に関連しない議論を割愛し、筆者が要約・修正)
税理士は、被相続人の海外における固定資産税に関する資料を受け取ったことがあり、海外資産があることを認識すべき状況にあったが、依頼者(相続人)も海外資産があることを認識しつつ、税理士に何の説明等もなかったため、海外資産については、税理士は、調査・確認することなく相続税申告書などを作成・提出した事例

この事例では、税理士の先生は、被相続人の海外における固定資産税に関する資料を受け取ったことがあり、海外資産があることを認識すべき状況にあったことから、依頼者へ確認するなどの調査・確認が必要であり、義務違反があったとされました。
ただし、この事例では、依頼者も海外資産があることを知っていたにもかかわらず、税理士に伝えなかったとして、3割の過失相殺を認めています。

1.4 過失相殺なし

税理士の先生が、単純に説明をし忘れた場合や消費税に関連する届出書などを失念したケースなどでは、過失相殺はされないということになります。

1.5 まとめ

当然ですが以上は、税理士の善菅注意義務違反があるという前提になります。あくまでも、義務違反の類型や依頼者の能力によるところはあり、目安となりますが、参考になるかと思います。
また、過失相殺というものがありますので、契約書で説明をしておいたり、確認書やメールを普段から残しておくということは、注意義務違反があるか!?という意味で利用するものですが、仮に義務違反が認められたとしても、過失相殺の判断にも有利な影響があります。
例えば、上記の5割の過失相殺の事例を例にとると、税理士の先生は、何度も指摘・説明したと主張していました。ただし、証拠上指摘が認められたのが、1回だけだったという背景もありますので、ご注意いただければと思います。

2 損益相殺

損益相殺とは、債務不履行等による損害発生と同時に依頼者が利益も得ている場合に、その利益を賠償額から控除するというものです。
イメージしやすいものでいうと、 交通事故の事例で、被害者に自賠責保険から支払われた保険金などがあります。

厳密な法律的定義を書きますと言われるものは以下のようになります。

最高裁平成5年3月24日判決
被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る。

税理士損害賠償の事例では、この「同一の原因よって」や「同質性がある」といえるのかという点が裁判で争われるケースもままあります。ただし、この部分はかなり細かい議論になりますので、ここではよく問題になる消費税関連の例をあげたいと思います。

  1. ◯税理士が、消費税課税事業者選択不適用届出書の提出を失念し、免税事業者になることができなかった場合
    →消費税の支払による所得が減少したことに伴って減少した法人税・法人県民税・法人事業税・法人市民税(以下、「法人税など」という。)相当額
  2. ◯免税事業者が不動産を購入した際、税理士が課税事業者選択届出書を失念し、消費税還付金を受け取れなかった場合
    →税込を前提とした減価償却費と税抜を前提とした減価償却費の差額が将来にわたり、減少される法人税などの相当額
  3. ◯税理士が、簡易課税選択届出書を提出したのち、事業者の建物建設計画を知ったにもかかわらず、一定期間認められる選択届出書を取り下げなかった場合
    →原則課税を選択していれば、簡易課税と比較して増加する法人税などの相当額
    ※事業者が消費税還付を受けられなかった金額を雑損失として計上したことにより減少した法人税などの減少額?

上記の「※」印の部分は、裁判例でも地裁と高裁で判断が分かれているものです。

地裁(神戸地裁尼崎支部)
このような税金の負担の減少による被害者の利益は、被害者と税務当局との関係により生じたものであって、被害者が加害行為により被った損害と同質性があるものということはできない

 

高裁(大阪高裁平成21年5月14日)
被告が簡易課税選択書を取り下げさせなかったことにより原告が消費税の還付を受けられなかったことを損失として計上した結果、原告の法人税等の支払額が 121 万 1400 円減少しているところ、原告と被告とは消費税のみならず法人税等に関しても、税務書類を作成したり、税務相談に応じたりすることを内容とする税務に関する契約を締結しているのであるから、消費税の還付を受けられなかったことと法人税等の支払額が減少したことは、上記契約における一つの債務不履行に起因して生じたものであるし、その内容も納付すべき税額の増減という同質のものであって、公平の見地から、これを損害額から控除すべきものである

個人的には、損害賠償金が益金になってしまうことの関係もありますし、高裁の判断を支持している部分です。

3 税理士職業賠償責任保険との関係

以上が、税理士損害賠償請求における「過失相殺」と「損益相殺」の解説になります。この2つの話ですが、実は税理士職業賠償責任保険の支払金額にも、影響を及ぼす部分です。保険会社との約款を見ても、損害が将来回復される部分や依頼者の責任で生じた損害については、保険金は支払わないということになっています。ですので、ここの部分に法的な議論があると保険会社としても、簡単には保険金を支払うことができません。

税賠事故で、保険金の支払いが必要な場合には、どれだけ早期に保険金の支払いを受けることができるのかという点も、紛争を解決していく上でかなり重要になりますので、この2つの問題を早期に見極め保険金の請求をすることが望まれます。
弊社でも、対依頼者との交渉と保険会社との交渉を両方受任するケースが多く、この金額をどれだけ早期に確定させることができるかにより、保険金が支払われる時期も変わってきますので注意が必要です。

仮に税法や税務に詳しくない弁護士の先生にご依頼される場合には、税理士の先生ご自身で、弁護士に対し、税法や税務について教えながら一緒に解決に向けて動いていくことが重要です。

The following two tabs change content below.
弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

関連記事

運営者

税理士のための無料メールマガジン
ページ上部へ戻る