依頼者への選択肢の提示も大事
―申告書類への記入漏れで税理士の過失が認められた事例

本記事のポイント
  • 業務を手伝った職員(履行補助者)が資料の提供を受けていた場合等、職員が認識した事実は、税理士が認識していなかったとしても、認識ありと認定される場合がある
  • 税理士は、依頼者に、より有利となる選択肢がある場合、その選択肢を提示する必要がある
  • 相続税の申告に関しては、様々な控除が利用できる場合があり、それにより納付する税額が大きく変わってきます。

    そして、依頼者からは、相続税の額はできる限り抑えたいとの要望がくることもよくあることかと思います。

    このような場合、税理士は依頼者にどこまで説明する必要があるのでしょうか。

    今回は、税理士が、借入金の存在を認識せず、その結果、少ない額の配偶者控除しか得られない遺産分割協議書案のみを提示し、より有利な遺産分割の案がありうることを提示ないし助言しなかったことについて、税理士に過失があるとされた事例(東京地裁平成10年9月18日判決)を解説します。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    本件の事案は、相続税申告の手続きの依頼を受けた税理士が、借入金等を記入するのを忘れたため、納める相続税が過大になり、税理士が損害賠償を請求された事件です。

    依頼者Xら

  • Xらは相続人であり、税理士Yに相続税申告の手続きを依頼した。
  • 税理士Yが作成した申告書類は、住宅金融公庫からの約2億円の借入金の記載等が漏れていた。そのため、相次相続控除分として受けられるはずだった税額控除、配偶者控除等が受けられなかった。
  • Yに対し、過大に収めた相続税額、税理士Yに支払った申告費用等について約3627万円の損害賠償請求をした。
  • 税理士Y

  • Xらは、住宅金融公庫からの借入金はないと言っていた。
  • 税務署の評価の見直し等により、配偶者控除を限度いっぱいに用いることが困難になる可能性があった。
  • Xらは、Yから相続税申告書案を申告期限の50日も前に受け取っていたのに、借入金の計上漏れに気づかなかった。
  • 裁判所

  • Yの過失を認め、Xらの請求を認めた(認められた損害額は1215万円)。
  • 1.2 経過

    平成6年1月

  • 被相続人Aが死亡して、相続が開始した。
  • 相続人は、妻X1、子X2・X3・X4である。
  • 平成6年2月頃

  • Xらは、税理士Yに、相続税申告手続きを依頼し、報酬合計300万円を支払った。
  • 依頼するにあたり、Xらは、Yに対し、
    ①Xら相続人間は遺産分割について何ら紛争がないこと
    ②今回の相続税額をできる限り低くしてもらいたいこと

    を伝え、Yも了承した。

  • 平成6年10月

  • 税理士Yは、遺産分割協議書を作成して、相続税の申告手続も行った。
  • ●その後

  • 税理士Yの作成した申告書類には、
  • 住宅金融公庫からの約2億円の借入金
  • 借入金利息・過去の固定資産税・未払住民税の合計約631万円
  • が漏れていた。

  • そのため、Xらは、相次相続控除分として受けられるはずだった限度額約2345万円の税額控除が受けられなかった。また、住宅金融公庫からの借入金を念頭に置かなかった結果、配偶者の税額軽減措置を限度額まで利用できなかった。
  • Xらは、税理士Zに依頼して、税務署に更正を求め、約1699万円の更正決定を受けた。
  • Xらは、Yに対し、過大に収めた相続税額分等約3627万円を損害として、債務不履行に基づき損害賠償請求をした。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の2つになります。

    ①業務を手伝った職員(履行補助者)が資料の提供を受けていた場合等、職員が認識した事実は、税理士が認識していなかったとしても、認識ありと認定される場合がある。
    ②税理士は、依頼者に、より有利となる選択肢がある場合、その選択肢を提示する必要がある。

    2.1 業務を手伝った職員(履行補助者)が資料提供を受けていた場合の税理士の責任について

    裁判所は、

    1. ●税理士としての事務を手伝う職員が、借入金について明瞭に記載された仕様の提出を受け取っていた
    2. ●よって、税理士が相続税の申告事務を行うにあたり、依頼者から借入金を認識すべき明瞭な資料の提出を受けていたと認める

    として、仮に税理士自身が依頼者から資料の提供を受けていない場合でも、職員が資料提供を受けていた場合は、履行補助者が提供を受けていたものとして、税理士の資料提供を受けていたと言えると判断しました。

    (教訓・対策)
    本件の事案では、借入金が記載してある資料を受け取っていたのは、確定申告の作業の時期だけ手伝いに来てくれる公認会計士の職員でした。

    職員が資料を受け取った場合でも、税理士が資料を受け取ったことになります。

    職員が得た資料が税理士に伝わっていなかったとしても、税理士の責任が問われることになります。

    そのため、情報を受けた内容、提供を受けた資料については、事務所内での認識にすれ違いがないように、情報の共有を行っておくことが必要です。

    2.2 税理士が依頼者に提示すべき事項について

    裁判所は、

    1. ●相続人に対し配偶者控除が限度額いっぱい使えるような遺産分割を勧めることが税理士の職務上の注意義務であるということはできない

    としつつも、

    1. 相続人が遺産分割協議をする際の資料ないし選択肢の一つとして、遺産分割協議書案の提示又はそれに代わる助言をすべき職務上の義務があった

    としました。そして、

    1. ●本件では、税理士は、借入金の存在を認識しておらず、その結果、少ない額の配偶者控除しか得られない遺産分割協議書案のみを提示し、より有利な遺産分割の案がありうることを提示ないし助言しなかった
    2. ●これによって、相続人は、より有利な税務申告の方法を検討する機会を失った

    と判断し、税理士の過失を認定しました。
    (教訓・対策)

    確かに、相続人は、遺産分割の内容を確認して、遺産分割の意思決定をしています。

    しかし、仮にもっと有利な税務申告の方法があることを相続人が知っていたならば、相続人は違う遺産分割の方法を選ぶ機会がありました。

    つまり、仮に依頼者が最終的な判断をしたとしても、その前提で、税理士は、選択肢があるのであれば適切に提示し、選択の機会を与えることが必要になります。

    税理士は税務の専門家として、より有利な方法があるのであれば、依頼者に対しては説明したうえで、依頼者に意思決定をしてもらう必要があるでしょう。

    なお、税理士が負う「説明・助言義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    3 まとめ

    相続税の申告に関しては、様々な控除が利用できる場合があり、それにより納付する税額が大きく変わってきます。

    そして、遺産については依頼者から資料の提供を受けることは多くあります。

    そのため、依頼者から資料の提供を受けた場合は、事務所内で適切に情報共有をして、税理士の先生が資料を受け取っていることを確認できるようにしておくことが必要です。

    また、税理士には、依頼者が意思決定をするにあたり、適切な説明が必要になります。

    提供された資料に基づいて、適切な説明ができるように、事務所内で対応すべきでしょう。

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