依頼者の指示でも税理士の責任になるのか
ー否認リスクの説明に加え、鑑定書の用意を助言指導する義務があると判断された事例

本記事のポイント
  • 税理士の注意義務は、自己の見解にかかわらず、税務専門家として負うべき義務を認定されること
  • 過小評価額での申告が依頼者の提示であったり、依頼者が不動産業者であったりする場合でも、税理士の専門性から、助言指導義務の内容が判断されること
  • 依頼者の指示や依頼者の属性は、過失相殺に置いて考慮されない場合があること
  • 相続税法22条は、相続財産の評価額を「時価」によると定めます。そして、財産評価基本通達は、「市街地的形態を形成する地域にある宅地」の「時価」を「路線価方式」で算定するとしています。

    そのため、税理士先生においては、基本的には、路線価方式での申告を行うと思います。

    他方で、実勢価格が路線価方式により算定した金額から大きく乖離する際に、依頼者の求めで、実勢価格による申告を行う場合もあるのではないでしょうか。

    特に、実勢価格が路線価方式による算定額より低額の過少申告の場合、否認リスクについて依頼者に説明をするものと思います。

    もっとも、税理士の善管注意義務として、否認リスクを説明する義務にとどまらず、過少申告をする際の注意点を助言指導すべき義務があるとされるケースがあります。

    今回は、税理士賠償が問題となった過去の裁判例のうち、路線価方式による算定額によらない過少申告を行う場合の税理士の助言指導義務(善管注意義務)の内容として、当該申告額が適正であることを裏付ける不動産鑑定士の鑑定書を用意するよう助言・指導する義務があることを認定し、善管注意義務違反が認められてしまった事例(東京高裁平成10年11月9日判決)を取り上げ、税理士の先生がお客様との関係で気を付けるべきポイントを解説していきます。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    依頼者X外3名は、被相続人Aの相続人である。

    Xらは、税理士Yに対して、Aの相続にかかる相続税申告について、税務代理及び税務書類作成を依頼した。

    Xらは、相続財産中の不動産甲の評価額について、当時の路線価59万円/㎡に対し、それを下回る39万円/㎡に基づく評価額で相続税申告をしたところ、税務署が、当該評価額を否認した。そのため、依頼者Xらは、修正申告を行い、本税及び付帯税(過少申告加算税及び延滞税)を支払うことになった。

    Xらは、

  • 路線価を下回る実勢価格による申告が可能か、どのような方法であれば適正な申告となるかの助言指導を依頼した経緯
  • 具体的な否認リスクの説明もなく、路線価を下回る評価額による相続税申告を適正な申告として認めてもらうためには、不動産鑑定士の鑑定書等の資料等を提出する等の手段を講じる必要があることなどの適切な助言指導を行う義務があるのに、それを怠った
  • と主張し、修正申告により支払った付帯税相当額の損害を被ったとして、損害賠償請求訴訟を提起した。

    税理士Yは、

  • 39万円/㎡に基づく評価額は、不動産関係の仕事をしている依頼者Xの提案である
  • 依頼者Xは仕事柄、不動産の評価額についての過少申告による否認リスクも知っていたはずである
  • などを主張し、善管注意義務違反がない、もしくは損害の発生には依頼者Xの過失も考慮して過失相殺すべきと反論した。

    1.2 経過

    平成4年9月上旬ころ

  • Xらは、Yとの間で、本件相続に伴う相続税の申告に関する事務処理一切を依頼する旨の契約(以下「本件契約」という)を締結した。
  • その際、Yは、Xに対して、本件土地の時価を証明する資料があれば集めるようにとの指示をし、相続税の申告における本件土地の評価額は事後に決めることとした。
  • 平成4年12月26日

  • Yは、本件土地の評価額を金39万円/㎡として本件相続税の申告書を作成し、Yが本件土地を39万円/㎡で評価した旨の上申書を添付して、Xに渡した。
  • 平成4年12月28日

  • Xは、相続税申告書を税務署に提出して本件相続に関する相続税の申告(以下「本件申告」という)を行った。
  • 本件土地の平成4年度の正面路線価格は59万円/㎡、平成5年度は41万円/㎡と評価されていた。
  • 平成6年9月12日

  • 税務署による税務調査が実施された。
  • その後、本件申告における本件土地の評価額が税務署により否認された。
  • XとYは、その後の対応について話し合い、その結果、本件土地の評価額については不動産鑑定士による不動産鑑定評価をした上でその結果を見て修正申告をすることとした。
  • 平成7年7月10日

  • Yは、鑑定評価額(44万5000円/㎡46万5000円/㎡)に基づいて修正申告書を作成してXに渡した。
  • 平成7年7月14日

  • Xらは、修正申告書を税務署に提出して、本件土地の評価額に関する修正申告を行った。
    修正申告により、Xらは、平成7年10月31日までに、原告らは本件相続税の附帯税(過少申告加算税及び延滞税)を納付した。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の3つになります。

    ①財産評価基本通達(路線価)を下回る金額で、相続税申告を行う際に、否認リスクだけでなく、当該価格が適正である旨の鑑定書等を用意することまで助言指導する義務があると認められる場合があること。
    ②過小評価額での申告が依頼者の提示であったり、依頼者が不動産業者であったりする場合でも、税理士の専門性から、助言指導義務の内容が判断されること。
    ③依頼者の属性は、過失相殺に置いて考慮されない場合があること。

    2.1 税理士の注意義務は、自己の見解にかかわらず、税務専門家として負うべき義務を認定されること

    裁判所は、

      「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念に沿って、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の実現図ることを使命とするとされているのであるから、右に述べた受任者としての被告の注意義務は、税務に関する専門家を標準とする高度の注意義務である」

    と一般的な判断を示しました。

    そのうえで、

  • 相続開始時の評価額(1㎡当たり)と比較して、申告した評価額が20万円ほども下回ること
  • 申告後作成の鑑定書の評価額も下回ること
  • 被告自身も否認の可能性を認識していたこと
  • 等の事実を認定して、

      自分では、正当な申告であるとして認められると確信していたとしても、否認リスクを説明し、当該申告額が適正であることを裏付ける不動産鑑定士の鑑定書を用意するように助言指導するべき

    義務があったとして、その義務違反を認めました。

    (教訓・対策)
    税理士は、税務の専門家として、一般の人よりも、深く税務に精通していることを前提に、善管注意義務の内容が判断されます。

    今回の事例では、否認リスクを認識していた以上は、自己の見解として「否認にならない」と判断していたとしても、依頼者にしっかりと否認リスクを説明し、かつそのリスク回避のための適切な対応策を助言指導すべきであると判断されました。

    したがって、税務申告上、一般的な否認リスクについては把握し、それを依頼者にしっかりと案内すること、また、その否認リスクを回避する具体的な方策があるのであれば、それを踏まえて案内すべきということになります。

    なお、仮に否認リスクを認識していなかったとすれば、それ自体が、税理士の注意義務違反を構成する可能性は十分にあります。

    また、回避策がないのであれば、回避策がないことを踏まえて、否認リスクを回避するためには、そのような申告をすべきではないという案内も必要になってくると考えられます。

    税理士が負う「説明・助言義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    2.2依頼者の属性にかかわらず、税理士の専門性から、助言指導義務違反の有無が判断されること

    裁判所は、

      「被告が税務に関する専門家であるのに対し、原告は、土地取引に関してはともかく税務に関しては何らの資格も有しておらずいわば素人であるという両者の基本的立場の違いがあること」

    をもとに、

      「依頼者である原告が、本件申告における評価額の決定に関与し、その結果、打ち合わせた評価額に積極的な異議を唱えず、あるいは、過去に自分で贈与税の申告をしたことがあったとしても、そのことから直ちに被告の義務違反が比例されるわけではない」

    と判断しました。

    (教訓・対策)
    依頼者の職業や、過去の経験の有無などから、税務申告への理解があることが分かったとしても、基本的には、税務の専門語る税理士の知識量や経験には及ばないものと考えられます。

    そうである以上、「この依頼者ならわかっているだろう」という期待は危険であり、やはり専門家として、やるべきことをやるというのが肝要になってきます。

    あくまでも税務の専門家として、依頼者の属性などにかかわらず、客観的な責務を果たすべきであるといえます。

    2.3依頼者の属性等の事情は、過失相殺に置いて考慮されない場合があること

    裁判所は、Yは、否認リスクについて認識をしておらず、

      「税務の専門家であるYの助言・指導に基づいて本件申告をしたものであって、原告に落ち度があったとすることは相当ではな」い

    と判断しました。

    その際、Yの主張する、依頼者との打ち合わせの結果の申告であることなどは、考慮されていません。
    (教訓・対策)
    注意義務の内容やその違反の有無の判断にもリンクしますが、結局、税理士は、税務の専門家として責任を果たす必要があります。

    過去に税務申告の経験があることや、依頼者が不動産価格について知識を持っていることなどは、税理士の責任と相殺されるような落ち度ではありません。

    なお、依頼者に対して、適切な説明義務を果たしたうえで、それでも依頼者が否認リスクのある申告を選択し、否認されてしまったようなケースであれば、依頼者も否認リスクを理解したうえで申告に臨んだといえ、義務違反がそもそもないという判断になると考えられます。

    結局、適切な説明義務を果たしているかどうかがメルクマールとなりますので、否認リスクやその回避策についての説明を果たすということに尽きるでしょう。

    今回の事例では認められませんでしたが、過失相殺については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    3 まとめ

    今回は、相続税申告において、不動産の価格を財産評価通達よりも過小な金額として申告を行う場合に、税理士がどこまでの説明義務(善管注意義務)を負うのか判断された事例を解説しました。

    裁判所の判断は、依頼者が不動産事業者であるとの事情を踏まえても、税理士の専門性から、過少申告による否認のリスクを説明し、それでもなお過少申告を行うのであれば、不動産鑑定士による鑑定結果を用意すべき無の助言・指導する義務を負うと判断しました。

    税務の専門家として、誰が依頼者であっても行うべき客観的な義務というのがまずあり、かつ、その義務は依頼者如何によって左右されることはないという方向性が示されている裁判例といえます。

    専門家としての責任を果たすためにも、「この依頼者なら大丈夫だろう」ではなく、「この依頼者でもわからないかもしれない」の精神を持つようにしてもらえればと思います。

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