申告手続を行うだけではなかった!
―相続税の税務申告の委任を受けた税理士がしなければならないこと
本記事では、相続税の申告について委任を受けた税理士には、できる限り節税になるように遺産分割案を作成・提案する義務があるとした、東京地裁平成7年11月27日判決をもとに、相続税の申告にあたって税理士が何をどこまでしなければならないのかについて検討していきます。
相続税の申告にあたっては、各種控除制度が用意されていたり、評価を必要とする遺産が含まれていたりと、事前に検討するべき事項が多々あります。
また、遺産の内容によっては、相続税の納付に現預金額が足りない場合もあり、納付後の生活まで見据えて遺産分割を設計していくことが必要です。
今回は、相続税の申告及び物納を依頼された税理士が、遺産の内容に照らしても、物納申請をするべきであったにもかかわらず、物納を一切検討せずに申告を行い、結果的に物納ができなくなったという事例をについて検討していきます。
相続税の申告は、税理士の活躍が特に期待される分野ではありますが、その一方で、リスクもあります。
税理士が何をどこまでしなければならないのかを知り、今後の業務に役立ててください。
なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。
1 事案紹介
本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。
1.1 事案の概要
本件は、遺産の99%が不動産である相続税の申告を依頼された税理士が、不動産の評価や各種控除の適用を間違えたことや、依頼者が物納を希望しているにもかかわらず物納を検討しなかったことにより、物納に適した遺産分割ができず、その後の申告行為により結果的に物納ができなくなってしまったため、委任の趣旨に反したとして損害賠償請求をされた事案です。
1.2 経過
平成2年12月
平成3年1月11日
平成3年1月15日
平成3年1月中
平成3年3月3日
平成3年4月20日
平成3年5月13日
平成3年9月6日頃
平成13年10月3日
平成4年1月
平成4年3月11日
平成4年5月18日
平成5年1月29日
2 解説:相続税申告に関する委任契約上の税理士の債務
本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは次のとおりです。
こと。
裁判所は、
- 税務の専門家として、租税に関する法令、通達等に従い、適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たる原告らの信頼にこたえるべく、相続財産について調査を尽くした上、相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成、提示するなどして、できる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。
と判示しています。
(教訓・対策)
ここで注目すべきは、できる限り節税となる遺産分割案を作成することまでをも税理士の債務とした点です。
遺産分割協議書は、相続人間の法律関係を規定するものですので、本来であれば、弁護士などの法律の専門家が作成するべき書面であるといえます。
しかし、本件では、税理士の職責として、納税義務者である依頼者の可能な限り節税になるような遺産分割を実現するという信頼を、法的に保護するべきものとして、税理士に具体的な作為義務としての、遺産分割案を作成・提示する義務を認めました。
本件では、物納制度の説明が不適切であったり、延納申請によって物納をできなくしたりと、税理士の本来的な業務である部分について既に不履行がある事案ですが、
これに加えて、納税者の有利になるような遺産分割案を作成することにまで義務の範囲を広げており、相続税の申告における税理士の職責はかなり広範なものになっているということができます。
この裁判例に対しては、過失相殺が全く検討されていないことや、納税者にとっての有利不利を判断する基準が不明確である点等について批判もありますが、
これらの議論は、なるべく節税になるように遺産分割案を作成・提案する義務自体を否定するものではありません。
対策としては、まず、検討の時間を確保するという点が挙げられます。
もっとも、申告期限は決まっているので、ここを動かすことはできません。
採れる手段としては、生前から準備をすることに尽きるといってもよいでしょう。
本件の事案においても、Xらは、被相続人の生前からYが関与していたという経緯があったために、Yに依頼したという経緯があります。
被相続人の生前から遺産分割について話しておけば、スムーズに進めることができたはずです。
特に同族会社などの顧問先を抱えていらっしゃる先生方におかれましては、代表者が健在なうちに事業承継の方策を含め検討されておくことをおすすめします。
そして、もっとも節税になるような遺産分割案を作成・提示するためには、それを適切に実現できなければなりません。
本件は土地だけでしたが、会社を経営されている場合には、会社法上の手続も適切に履践する必要があります。
このような場合には、当該会社の顧問弁護士や、顧問弁護士がいない場合には、事業承継に詳しい弁護士を交えて事前に対策を検討しておくようにしてください。
申告期限が迫る中で依頼された場合の次善の策としては、依頼者に説明し理解をもらうしかありません。
ギリギリに依頼されて、遺産分割協議もまとまらないという状況では、法定相続分で申告するしかない場合もあります。
そのような場合であっても、必ず、金額の試算やメリットデメリットを説明したうえで、相続人自身の意思決定によって申告内容を決めてもらうように心がけてください。
このような証拠があることで、請求を受けるリスクが減るとともに、認容額もおさえられる可能性が上がります。
3 まとめ
今回は、相続税の申告における税理士の義務の内容について検討していきました。
特に相続税の申告にあたっては、税理士の義務の範囲が広く認定される傾向にあるので、自分を守るためにも、できる限り生前に準備を促すようにこころがけてください。
税理士の先生方だけでは結論が出せない事案もあることと思います。
そのような場合には、弁護士等の専門家に相談することも提案してみてください。
義務の範囲が広いからといって、全てを自分でやる必要はありません。
リスクを分散しつつ、依頼者の満足を図ることができれば、ピンチをチャンスに変えることもできるのではないでしょうか。
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