依頼者のためにが逆効果?
-譲渡所得の計上時期について助言をした税理士に当該譲渡にかかる売買契約の内容を点検すべき義務がないと判断された事例

本記事のポイント
  • 委任契約を受けていない事項についてあたかも委任関係があるかのような行動をしてしまうと、委任を受けていなかった事項について依頼者から責任追及をされる可能性があること。
  • 嘆願書等に限らず、依頼者の有利になる書面を作成する場合に、虚偽の事実を書くと、後に税賠訴訟で税理士に不利な証拠として提出される可能性があること。
  • 税理士は依頼者の利益になるように行動することが求められますが、依頼者の利益になる行為であっても、後になってそのことが税理士とって不利益な証拠となってしまう場合があります。

    本事例はまさにその事例であり、以下では、税理士が依頼者の利益となるように作成した嘆願書を、後の税賠訴訟において依頼者(原告)が税理士(被告)に不利な証拠として提出した事例についてご紹介します。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    依頼者Xは税理士Yに平成9年と平成10年の確定申告業務について委任契約を締結していた。

    依頼者Xが平成9年10月30日に株式会社AにX所有の土地建物について売買契約を締結した。

    この売買により生じた譲渡所得を、平成9年中の所得として申告した場合には、平成10年分の所得として申告した場合よりも約640万円多い課税を受け、税務上の点からは得策といえなかった。

    税理士Yは、Xに対し、本件譲渡所得の帰属年度は平成10年として扱われると誤ったアドバイスをしており、実際は平成9年度の譲渡所得として計上されるべきものであった。

    税務署長は本件譲渡所得を平成9年分の譲渡所得として修正するよう指導したため、これに反論するために、税理士YはXと顧問契約を締結していないのに、あたかもXの顧問税理士として、売買契約書の作成につきアドバイスをしていたかのような「嘆願書」を作成し、税務署長に提出した。

    嘆願書の内容

  • 一連の売買契約が、顧問税理士であるYの関与の下で進められたこと
  • 近隣の境界確認が平成10年1月14日にそろうという事情等があったこと
  • 売買契約書上、引渡日を平成10年1月14日としたこと
  • Xが租税を回避したり脱税をしたりする考えを有してなかったこと等
  • その後、Xは異議申立て等を行ったが、奏功せず、平成9年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定処分が確定した。

    以上の経過で、XがYに対し、委任契約上の債務不履行又は不法行為による損害賠償として2865万8000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたのが本事案です。

    今回ご紹介する事例の争点は二つで、どちらも税理士Yが契約点検を行う義務があったかという点に関するものです。

    1.2経過

    平成6年3月

  • 税理士Yは、依頼者Xの平成6年分の所得税確定申告手続について受任した。以後、毎年YはXの所得税確定振興手続について委任を受けるようになった。
  • 平成9年10月30日

  • Xは、A社に対し、
  • ⑴平成9年11月28日までに所有権移転登記を行う
    ⑵平成10年1月14日に本件不動産を引き渡す
    旨の内容で、本件売買契約を締結した。

  • 同日、A社からXに対し、手付金500万円が支払われた。
  • 同年11月

  • AはXに対し中間金として約8000万円を支払い、本件不動産の所有店移転登記手続を経由した。
  • 平成10年1月

  • XはAに対し、本件不動産を引き渡した。
  • 同年3月

  • 税理士Yは、依頼者Xの平成9年分の所得税確定申告手続について受任した。
  • 平成11年3月

  • 税理士Yは、依頼者Xの平成10年分の所得税確定申告手続について受任した。
  • 税理士Yは、本件譲渡所得について、平成10年分の譲渡所得として確定申告手続をし、併せて、本件不動産の譲渡が平成10年中にされたことを前提に本件買換特例の申請手続をした。
  • Xは、平成10年度分の申告手続きを行った後、税務署長から、本件譲渡所得の発生時期が平成9年中であるとして、所得税の修正申告をするように指導を受けた。
  • 税務署長の指導を受けて、Yは、上記署長宛に、今回の一連の売買契約は、顧問税理士であるYの関与の下で進められたことや、近隣の境界確認が平成10年1月14日にそろうという事情等があったことから、売買契約書上、引渡日を平成10年1月14日としたことなどを述べて、Xが租税を回避したり脱税をしたりする考えを有してなかったと説明する嘆願書を提出した。
  • 平成12年6月30日

  • 税務署長はXの本件譲渡所得の発生時期が平成9年中であるとして、平成9年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定処分並びに平成10年分の所得税の更正及び過少申告加算税の変更決定処分を行った。
  • 同年7月18日頃

  • Xは区長から平成11年度及び平成12年度の特別区民税・都民税の更正処分を受けた。
  • 同年7月25日

  • Yは、Xの代理人として、税務署長に対し上記の平成9年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定処分につき異議申立てをしたが、異議申し立ては棄却決定が出され、そのまま同決定は確定した。
  • その結果、Xは平成9年分の所得税、所得税の延滞税、過少申告加算税(合計2381万3700円)を追加して納付する義務を負い、平成10年分の所得税及び過少申告加算税等の減少に伴う還付金326万2100円を控除した2055万1600円を納付した。
  • また、Xは、本件異議棄却決定の確定により、本件不動産の譲渡時期を平成9年中と認定されたことから、本件不動産を譲渡資産として本件買換特例の適用を受けることができなくなった。
  • 以上の次第で、XはYに対し委任契約上の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求訴訟を提起した。

    2 解説

    本判決の争点として判断された内容は上記のほかにもありますが、特に参考にすべきポイントは以下の2つになります。

    ①契約点検事務の委任の有無
    ②条理上の契約点検義務の存否

    2.1 契約点検事務の委任の有無について

    本件では、

  • Yが本件譲渡所得を平成10年分の譲渡所得として申告できるのであれば税務上のメリットがある旨の説明をしたことがきっかけでXが売買契約を決めたことを窺わせる録音テープが証拠として提出されたこと
  • XはYに売買契約書の作成に当たって相談をしなかったこと
  • が明らかになっています。

    以上のような事情があったことから、裁判所は、

      Y作成の嘆願書で、Yが本件売買契約書の作成に関与し、Yの助言を受けた旨の記載があったとしても、Yが本件売買契約の内容等を点検する事務の委任を受けた事実は認められない

    と判断しました。

    つまり、裁判所が、Y作成の嘆願書は、YがXをフォローするために顧問関係にあるかのような大げさな記載をしたものである可能性がある、と考え(てくれ)たことが結果に大きく影響したといえるでしょう。

    本件で、裁判所が嘆願書について詳細な検討を加えているのは、嘆願書の作成がある以上、通常は嘆願書作成の事項については委任契約があることが通常であると考えられるためでしょう。

    そのため、委任を受けていない事項については、嘆願書を作成しないことが賢明でしょう。

    (教訓・対策)

    税理士賠償責任が問題になるときは、まず、委任の範囲が問題となることが多いです。
    本件では、Xの親の相続税申告のほか、所得税確定申告手続については明確な受任があったと考えられますが、それ以外にも、種々の税務相談などに乗っていたことがある旨指摘されています。依頼者と税理士の間で、委任の範囲を不明確なままにしていたということが、本件の紛争の発端の一つであるといえます。

    このような事態を避ける方法としては、まず、委任契約書において、委任業務の範囲を明確にしておき、契約書に記載された委任の範囲の外の事項について説明を行う際には、本来の業務対応ではなく、あくまで特例であるということを明示することがよいでしょう。

    委任契約書や顧問契約書の作成のポイントのコツは、下記にも詳細に説明しておりますので、そちらもご参照ください。

    なお、本件では、委任外事項について説明したことが紛争の要因となりましたが、本来行うべき説明を行わなかったことが原因で紛争が生じることもよくみられます。
    そこで、よろしければ説明・助言義務や、調査・確認義務の記事についてもご参照くださいませ。

    2.2 条理上の契約点検義務の存否について

    裁判所は、条理上の契約点検義務の存否について、

      Yが、Xから、本件譲渡所得につき、平成10年分となるよう本件売買契約の内容等を点検する事務の委任を受けた事実は認められない

    と判断しました。

    主な理由は、以下のとおりです。

    裁判所は、本件売買契約の内容等を点検する条理上の注意義務を窺わせる事情と、注意義務を否定する事情を詳細に検討したうえで、両方の事情を総合考慮して、「本件売買契約の内容等の条理上の点検義務を肯認できるほどの事情を本件においては見い出し難い」と判断しました。

    そのため、本判決はあくまで事例判断ということができますが、本件売買契約の内容等を点検する条理上の注意義務を窺わせる事情として挙げられたのは、以下の事情です。

    【本件売買契約の内容等を点検する条理上の注意義務を窺わせる事情】

  • Yは、平成5年に、Xの親の死亡に伴う相続税の申告手続を受任して以降、X家の税務問題について深く関与していた。
  • Yは、Xに、平成10年中に本件不動産を売却すれば、譲渡所得の金額が低くなって、税率を26パーセントに抑えることができ、これにより、税務上のメリットを受けることができる旨助言した。
  • Yは、平成9年10月下旬、所有権移転登記手続を平成9年中に行ったとしても、平成10年に入って最終の引渡しをすれば、譲渡所得の発生年を平成10年として申告することができる旨(誤った)説明をし、自らが関与した他の税務署での事例を紹介した。
  • 委任契約書を作成していたとすれば、上記のような対応はあくまで委任の範囲外であることの反論は比較的容易であったと思います。また、委任契約書を作成していなかったからこそ、依頼者も税務に関する相談は全て委任の範囲内と捉えてしまったとも考えられるでしょう。

    委任契約書を作っていない場合、逆にどこまでが委任の範囲だったのか、ということが争われるリスクがあることがわかりますね。

    このリスクを回避するためには、何を委任されているのか、という範囲を契約書によって明確にしておく必要があるでしょう。

    (教訓・対策)

    本件では、他の証拠から、嘆願書の内容は事実に反するとされましたが、事実認定上、本件嘆願書は、Yに不利な内容をY自身が記載した文書にあたりますので、事実認定に働きかける力がかなり強い部類の証拠として扱われるのが一般的です。

    本件のような嘆願書が証拠として提出された場合には、それを覆すことはかなり難しいですので、依頼者のために嘆願書や意見書を作成する際には、それが後の紛争において証拠化されることを意識して内容を検討することをお勧めいたします。

    3 まとめ

    以上のとおり、本件では、委任事項の範囲をあいまいにしたまま、様々な事項について長年相談を受け続けてしまったというところに、紛争の大きな原因があったといえるでしょう。

    また、本件では、依頼者を擁護する嘆願書が、依頼者からの税賠訴訟においても、依頼者に有利な証拠=税理士に不利な証拠となって現れました。嘆願書のみならず、意見書等にも同様のリスクがあるといえます。
    依頼者のために文書を作成する際に、それが後に自身にとって不利な証拠となる可能性があるということを考慮して、記載事項等を検討していただくのが安全です。

    以上の点について、今後の業務提供において、ご参考にしていただけますと幸いです。

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