税賠を防ぐ!税務(税理士)顧問契約書のポイント

今回は、税理士の先生と事業者であるクライアントとの間の顧問契約や確定申告に関する契約書を作成する際のポイントを過去の事例の分析も踏まえて、税理士損害賠償請求を防ぐという観点から解説します。

なお、実際の税理士の先生の税賠対応に関しては、税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

0 税理士損害賠償を防ぐ契約書作成のポイントと総論

まず、税理士損害賠償請求を防ぐという観点から見る契約書の大きな機能は、紛争予防機能(紛争自体または紛争が重大化することを予防する役割)と賠償責任回避機能(裁判になった場合に、損害賠償責任を負うことを回避する役割)があります。

この2つの観点から見ると、①範囲の明確化、②資料提供等の役割・責任分担、③確認・説明と免責、④賠償責任の免責・制限、⑤中途解約条項がとりわけ重要となります。

以下では、①〜⑤が関連する条項が重要な理由やどこまで有効性があるのか含めて、解説します。

1 ①業務範囲の明確化

過去の裁判例の分析からすると、税理士の先生に事実の調査・確認義務違反や説明義務違反があるかが問われた事例では、業務範囲が広ければ広いほど、それに付随する税理士の先生が行うべき調査・確認や説明義務の範囲も広く認定される傾向にあります。

この点の詳細を知りたい方は、以下の記事などもご参照下さい。

したがって、まず契約書としては、税理士の先生の業務範囲がどこまでなのかを明確に限定しおくことが重要です。例えば、契約書がない場合には、明確な証拠がないため、クライアントのやりとりなどから業務範囲が税理士の先生が想定しているものよりも拡張されて認定されてしまう可能性が高まります。

1.1 業務内容の特定

税賠対策としては、業務内容をできる限り分割して記載することが望ましいです。
特に事業者との顧問契約などの場合には、業務が多岐に渡りやすいため、すべての業務のパターンを記載し、お客様が選択するものに「○」等をつけるという手法も業務内容を特定しやすい方法です。

また、これまでの裁判例の中には、前述のとおり、税理士の先生と依頼者とのやり取り等の事実関係から、業務範囲を拡大して解釈されているものがあります。
ですので、例えば、特定した業務の範囲外の業務を行う場合には「契約書」を締結するとして、契約書が存在しないということは、その業務は範囲外であったとの事実認定を導くための一つの証拠とするという方法も一案です。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. 乙が本件委託業務の範囲外の業務を行う場合には、甲及び乙は、別途協議の上、契約書を締結するものとする。

1.2 職員の不正行為や粉飾の発見等の監査に関する業務は含まないことの確認

これまで裁判になっている事例の中には、税理士の先生が従業員の不正を発見できなかったこと(不正発見義務違反)などを原因に損害賠償請求をされる類型が複数存在します(富山地判平成12年8月9日、東京地判平成28年5月18日)。

結論としては、税理士の勝訴なっていますが、複数争いが生じている類型であることや判決の理由にかなり気になる点があるため、紛争予防機能と賠償責任回避機能の観点から契約書に入れておくことが望ましいでしょう。

なお、判決の理由の気になる点についての詳細は、別記事で解説する予定ですので、記事を挙げたタイミングで本記事も更新します。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. 本件委託業務は、甲の職員の不正行為や粉飾の発見等、監査に関する業務は含まない。

1.3 グループ会社や代表者個人等の業務を含まないことの確認

グループ会社を複数有する依頼者から、グループ全体について消費税のアドバイスをすべきだったとして、税理士損害賠償請求がなされた事例が存在します。
紛争予防の観点・賠償責任回避の観点から、特にグループ会社を複数有する依頼者と顧問契約等を締結する場合には、依頼者以外のグループ会社およびその代表者個人等の関係者についての業務は含まれない旨、明確にした方がベターです。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. 本件委託業務は、甲の業務に関する業務についてのみであり、甲のグループ会社及び代表者個人等に関する業務は含まない。

一方、実際にグループ会社やその代表者個人の税務アドバイス等をする場合には、契約書に記載した、税理士の先生に有利になり得る条項の効果を主張することが難しくなるため、個別に契約書を締結することをお勧めします。
ただし実際には、契約書を締結しない場合が想定される場合には、実態と契約書があっていないということで、契約書の賠償責任回避機能が減退するおそれがありますので、ご注意ください。

なお、税理士の先生が負う善管注意義務は、無償の行為であったとしても生じてしまいます(東京地判平成12年6月30日等)。顧問先様の代表者個人の税務相談等を無償で受ける場面もあると思いますが、その場合も契約書を締結した方がベターです。ただし、現実問題として難しい場合もあると思います。そのような場合は、できる限り当該契約書の記載をメール文等に落とし込み、了承を受けた証拠を確保しておくことをお勧めします。

2 ②資料提供等の役割・責任分担

税理士の先生は、依頼者からの説明や資料に基づいて、申告業務等を行うことになると思います。その説明や資料提供の役割・責任分担を明確にしておくことで、そもそも紛争を予防する効果があります。また、裁判上も、税理士の先生に有利な事実認定を導く重要な考慮要素の一つとなります。

以下の記載例は、そのメインとなるものです。

その他、資料等の提出の期限を定めるものや一定のレベルで類型化できるものを個別具体的に定める規定なども想定できます。これは税理士事務所の個々のオペレーションや意思決定にも依存する面が多分にあるため、一般論として雛形化できるレベルのものの記載になります。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. (資料等の提供及び責任)
    第●条 甲は、本件委託業務の遂行に必要な説明、書類、記録その他の資料(以下、「資料等」という。)をその責任と費用負担において乙に提供しなければならない。
    2 甲は、乙から資料等の請求があった場合には、乙に対して、資料等を速やかに提出しなければならない。甲からの資料等の提出がないとき又は提出時期が乙の正確な業務遂行に要する期間を経過した後であるときは、それに基づく不利益は甲において負担する。
    3 甲の乙に対する資料等の提供不足、資料等の内容に誤りがあったことに起因して、甲に不利益が生じたとしても、その不利益は甲において負担するものとし、乙は、資料等の提供不足・資料等の内容の誤りを補完するために課税庁に確認等しなかったとしても、責任を負わない。なお、本契約締結前の甲の税務会計・経理に関する処理、決算書・税務申告書及びそれに関する資料等についても同様とする。
    4 甲の乙に対する資料等の提供不足、資料等の内容に誤りがあったことに起因して、甲の株主又は取引金融機関等を含む第三者に損害が生じた場合には、その責任は甲が負担する。

2.1(第1項)説明や資料の提供の役割分担の定め

そもそも、依頼者からの説明や資料等の提出がなければ、適切な申告等を行うことはできませんので、依頼者がその提出などの責任を負う旨を定めた規定です。

2.2(第2項)追加での説明や資料の提供の義務の定め

税理士の先生がその専門性の高い義務を履行するには、依頼者の協力が不可欠です。依頼者から提出されたもののみだけで判断できるとは限らないため、税理士の先生から説明や資料等の提出を追加でお願いする必要がある場合には、速やかに対応することを依頼者の義務とする規定です。

2.3(第3項)説明や資料等の提供不足や内容の誤りについての定め

依頼者が提出した資料等の内容に誤りなどがあり、それを前提に処理した場合の責任を依頼者に負担してもらうための規定です。
もちろん、税理士であれば容易に気づくことができるような誤りがある場合に、税理士の先生が放置すれば、専門家責任の観点から義務違反が認められるおそれがなくなるわけではありませんが、紛争を予防するという観点から入れておきたい条項です。また、裁判になった場合でも、義務違反はなかったと認定される方向に働く証拠になりえますし、仮に義務違反が認められたとしても、過失相殺の際に有利に働くものと考えられます。

2.4(第4項)第三者からの損害賠償に関する定め

過去の裁判例では、税理士の作成した内容虚偽の確定申告書(粉飾事案)の記載を真実と信じて、保証、担保の提供などをした第三者が損害を受けた場合において、その者から税理士に対する損害賠償請求が認められた事例があります(仙台高判昭和63年2月26日)。
ですので、依頼者の資料等の提供不足、資料等の内容に誤りがあったことに起因して、第三者に損害が生じた場合の責任については、最終的には依頼者に負担してもらうという内容の規定を入れておくことも一案です。

3 ③確認・説明と免責

税理士の先生は、上述の通り、善管注意義務の内容として、選択の余地のある税務処理や否認リスクがある税務処理をする場合について、その制度やリスクを説明し、依頼者の意思決定の前提となる情報を提供する義務を負います。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. (説明及び免責)
    第●条 乙は、本件委託業務の遂行にあたり、甲が行う必要がある事項(本件委託業務における処理の方法が複数存在する場合や相対的な判断を行う必要がある場合における選択等)が存在するときは、甲に対して説明し、承諾を得るものとする。甲が当該承諾をしたときは、当該事項につき、その後に生じる不利益について甲が責任を負う。
    2 甲は、乙から前項の説明を受け、承諾を求められた場合には、速やかに回答する義務を負う。甲が、乙の正確な本件委託業務遂行に要する期間を経過するまでに回答をしない場合には、それにより生じる不利益は甲において負担する。
    3 乙の本件委託業務に関する説明は、説明時点において施行されている法令通達等に基づくものとする。

説明後の意思決定の結果については、依頼者の責任であることを明確にし、結果として不利益が生じてしまった場合に紛争になることを予防する規定です(第1項)。

また、適切な税務処理が行えるように、税理士の先生から説明があった以上、依頼者が意思決定する義務を定める規定です。そして、その意思決定がなされない等の場合には、税理士の先生の責任を免責するものでもあります(第2項)。

※ 消費税に関する説明、通知及び役割分担等

前述の「②資料提供等の役割・責任分担」や「③確認・説明と免責」の記載例は、税理士業務全般に関連する規定です。特に税理士損害賠償責任で問題になりやすい事項については、より具体的に定めておくことも重要となります。
一方で、あまりに細分化して規定しまうと、個別事案に応じて契約書のルールの適用に矛盾が生じてしまう場合や個別の事務所のオペレーションと一致せず、長年に渡り契約書のとおりに運用されていないという状況になると、契約書の記載は形式的になされたものに過ぎず、当事者間では形骸化されたものであるというような認定がされてしまう可能性が高くなる場合もありますので、注意が必要です。

ここでは、税理士賠償責任で問題となる消費税の課税方式の選択についての記載例を紹介します。

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. (消費税に関する通知、報告及び説明)
    第●条 本件委託業務に、消費税申告に関する相談及び手続が含まれる場合には、甲は、課税方式の選択等により不利益を受けるおそれがあるため、以下の事項の発生について、事前に乙に対して、●●●で通知するものとする。甲が当該通知を怠った場合には、乙は、各事項の発生がないものとして本件委託業務を遂行すれば足り、それにより生じた損害については、甲が負担する。
    一 不動産を取得、譲渡又は貸付けるとき
    二 設備投資を行うとき
    三 業種又は業態を変更、追加又は廃止するとき
    四 輸出・輸入に関する取引を行うとき
    五 ・・・・・
    六 ・・・・・
    七 ・・・・・



    2 乙は、甲に対して、消費税についての課税事業者選択届・簡易課税選択不適用届等(以下、「各種届出」という。)を提出した方が有利な結果になる場合がありうることを説明し、甲はこれを確認した。甲は、将来、設備投資を行う予定がある場合等(前号の各号事由も含む。)には、乙に対して、当該予定のある事業年度開始●ヶ月前までに報告し、各種届出の要否に関する個別の相談をしない限り、乙は、各種届出をする義務はないものとする。

(第1項)依頼者からの一定の事由についての通知義務

特に税理士損害賠償責任が問題となりやすい消費税の課税方式の選択について、具体的な事由を挙げた上で、依頼者が事前に税理士の先生に通知する義務を定め、その通知がなく税理士の先生が各事由を知らなかった場合には、税理士の先生はその責任を負わない旨、定めます。

なお、通知の方法について、口頭等で説明したと依頼者から言われた際に、言った・言わないで争いとなるケースが多いので、証拠が残る方法(「メール」、「FAX」、「書面」等)を指定することが望ましいといえます。
また、その際には、各税理士事務所様の通常のオペレーションと適合する方法を指定するようご注意ください。裁判になった際、常時他の方法で確認していたとなると、契約書はあくまで形式上のものに過ぎず、効力がないとされるおそれがあります。メールを例にとり実際の対応を説明すると、依頼者から口頭で聞いた場合には、依頼者にメールを送ってもらうように求めるか、それが煩雑だという場合には、こちらから内容をメールで送付し、それで間違いない旨の返信をもらうという形でも良いでしょう。

(第2項)消費税の課税方式選択についての説明義務の履行と報告

次事業年度等の課税方式選択には、将来的なシミュレーション等が必要となりますが、その前提として依頼者から将来の取引等の事前の報告・相談がない場合には、対応が難しいため、それに備えた規定です。
もちろん、将来その取引をすることが税理士の先生に明らかな場合には、確認義務を負う場合もありますが、紛争を予防するという観点からは入れておきたい条項です。また、裁判になった場合でも、義務違反はなかったと認定される方向に働く証拠になりますし、仮に義務違反が認められたとしても、過失相殺の際に有利に働くものと考えられます。

次事業年度の課税方式の選択の場合には、前事業年度終了前にシュミレーションと届出が必要となるため、いつまでに報告を受ける必要があるかを定めておくことも有益でしょう(例:「当該予定のある事業年度開始1ヶ月前まで」等)。

4 ④賠償責任の免責・制限

一般的には、④賠償責任の免責・制限の規定には、「ⅰ.損害賠償義務の発生自体を制限する規定」、「ⅱ.損害賠償義務の発生自体は認めた上で賠償金額の制限する規定」があります。

  1. ◯「ⅰ」の規定の例
  2. 乙は、甲の委任事務の遂行に当たり、甲に対して損害を与えた場合であっても、損害賠償義務等一切の責任を負わないものとする。
  1. ◯「ⅱ」規定の例
  2. 乙は、甲の委任事務の遂行に当たり、その過失により、甲に対して損害を与えた場合、〇〇の限度でのみ、損害を負担する。

「事業者」と「消費者」の契約の場合は、損害賠償責任の免責や制限を直接的に規制する法律として、消費者契約法8条1項が存在します。

  1. 消費者契約法8条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
    一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
    二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
    三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
    四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項

今回の解説の前提は、法人や事業者との顧問契約書や業務委託契約書などについてのものになりますので、事業者である税理士と事業者であるクライアントとの契約になります。したがって、この契約自体は、消費者契約に該当せず、消費者契約法により無効となるということはありません。

しかし、消費者契約法は、事業者と消費者の能力格差に鑑みて、消費者保護の観点から上記のような規定を置いています。一方で、税理士などの専門家責任も、専門家とクライアントのその分野の能力格差が背景にある側面もあります。

例えば、税理士の事案ではありませんが、技術的専門性が高いシステム業者と業務を依頼した事業者との契約について、「乙(システム業者)は個別契約に定める契約金額の範囲内において損害賠償を支払うものとする。」という規定が「重過失ある場合は無効」とされた裁判例や、「信義則に基づき当該事案では無効」とされた裁判例が存在します。

税理士と事業者との契約でも、法律で明確に無効となるわけではありませんが、同様に個別事案において適用されないとされるおそれが比較的強い領域にはあります。

4.1 ⅰ.損害賠償義務の発生自体を制限する規定について

「ⅰ.損害賠償義務の発生自体を制限する規定」は、裁判になった場合に賠償責任を回避するという機能から考えると無効と判断されるおそれがかなり強いと考えられます。また、紛争を予防するという観点からしても、契約書の「一切の責任を負わない」という規定を依頼者に主張したところで、依頼者が納得するどころか、怒りを増幅させるおそれが強いと考えられます。
ですので、この規定を契約書に入れることはあまりおすすめしません。

4.2 ⅱ.損害賠償義務の発生自体は認めた上で賠償金額の制限する規定について

「ⅱ.損害賠償義務の発生自体は認めた上で賠償金額の制限する規定」については、紛争予防の観点からすると、当事者が納得して作成した契約書があればその金額を支払って、終了する可能性があります。また、終了しなくても、金額交渉の目安となり、交渉をしやすくなるという側面はあります。

一方、賠償責任回避の観点からしても、 税理士と事業者との契約における税賠事案で、明確に否定されたとして公表されている裁判例は見当たらず、効力が否定される場合であったとしても、その他の専門業種の事例から考えると重過失ある場合などの個別事案の判断等として、限定的に不適用になるという性質のものだと考えられます(なお、税理士業界で否定されたとして有名となった横浜地判令和2年6月11日は、税理士と「消費者」の契約に関するものです。)

つまり、過度な期待はするべきではありませんが、契約書に入れておくこと自体は、事業者サイドが納得し、税理士の先生のポリシーに反しないのであれば、不利益があるわけでもないため、契約書に入れておくことは上記の紛争予防効果まで含めて考えると、メリットがあるといえるでしょう。

なお、一般的な可能性の問題で言えば、賠償上限額はできるだけ高い方が特定の事案でも有効と判断される可能性は高まるものの、実際には、税理士事務所の内部留保やクライアント層などよって、決定していくことになるでしょう。

  1. 乙が本契約に基づいて行った本件委託業務について、乙の過失により甲が損害を受けたときは、乙は甲より受けた本件委託業務にかかる●年分(本契約違反時の属する年度、その前年度〜及び〜のもの)の報酬の額を限度として損害を負担するものとする。

5 ⑤中途解約条項

  1. 記載例 甲:依頼者 乙:税理士
  2. (解約等)
    第●条 甲及び乙は、本契約期間中であっても、解約の1ヶ月前までに書面により相手方に対し申し出ることにより、本契約を将来に向かって解除することができる。
    2 前項の場合、甲は乙に対し、本契約の終了する日の属する月まで、本件委託業務の報酬を支払うものとする。
    3 乙は、前項・前々項の規定にかかわらず、甲が本契約書に定める義務を履行しない場合等、甲の作為・不作為(不協力、粉飾・脱税相談及び不真正な税務書類の作成の要求などを含む。)によって適切な税務処理ができない事由がある場合には、本契約を将来に向かって一方的に解除できるものとし、その時期等を問わず、解除により甲に損害が生じたとしても一切責任を負わないものとする。

税理士の先生とクライアントの契約は、委任契約と解されているところ、委任契約の民法上の規律には、以下の条項があります。

  1. (委任の解除)
    民法651条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
    2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
    一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
    二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。

民法651条1項では、委任契約は各当事者がいつでも解除することができるとされています。上記の記載例は、1ヶ月前にお互い解約できるという規定になっています。
税理士事務所の場合、契約開始後において、会社の取引内容を把握することやこれまでの会計のルールを把握することや見直しをすることにコストがかかる側面があると思います。例えば、上記記載例の第2項に但書きなどで、「ただし、本契約日から●ヶ月以内に、甲から解約をする場合には、第●条に定める対価の●ヶ月分を支払うものとする」等の定めをおくことも検討しても良いと思います。

一方で、民法651条2項第1号で、税理士の先生が依頼者に不利な時期に解除した場合、「やむを得ない事由」がない限り、それにより依頼者が負った損害を賠償しなくてはなりません。

税理士の先生が契約を解約したいと思うケースは、例えば、脱税や不真正な税務書類の作成を要求されるような場合も多いと思います。しかも、このような要求は、確定申告書の作成に着手後の段階(事業年度終了後確定申告期限前)でされることが多く、「不利な時期」となる疑いがあるタイミングが多いのも事実です。
もちろん、脱税や粉飾等の要求の場合、民法651条1項但書の「やむを得ない事由」に該当すると考えられますが、要件が抽象的なため紛争が重大化しやすいという懸念があります。ですので、この第3項で、このような要求がある場合、税理士の先生がいつでも契約を解除できる上、不利な時期であったとしても、損害の賠償もしないということを、当事者のルールとして明確にしておくことも重要です。

6 まとめ

以上、事業者との顧問契約書などを作成する場合における税理士損害賠償責任を防ぐという観点からのポイントを解説しました。あくまでも、税理士賠償責任の予防・対策という観点からのものになりますので、各税理士事務所様の理念や業務ポリシー等に合わない部分もあるか思いますので、あくまでも契約書を作成する参考としていただければと思います。

税理士法律相談会」の会員の税理士の先生方におかれましては、実際のワードファイルでの雛形を会員サイトからダウンロードできますので、ぜひご活用ください。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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