税理士が負う善管注意義務の分析と類型

さて、前回は 税理士賠償責任(税賠)の法的根拠とその要件を整理させていただきました。
今回は、税理士損害賠償責任のメインの法律根拠である債務不履行責任について、

①契約義務の違反
・・・依頼者と税理士の間に契約関係があり、その契約に基づく義務を税理士が怠ったこと
②税理士の帰責性
・・・税理士に故意・過失またはこれと同視しうる事由があること
③損害の発生
・・・依頼者が実際に損害を被っていること
④因果関係
・・・①の義務違反によって、③の損害が発生していることが相当といえる関係があること

のうち、①の義務違反について解説します。

 
なお、税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた私の経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

1 義務の分析

税理士の先生と依頼者さんとの契約関係は、民法上の委任または準委任(民法643条、656条)になります。
印紙税法との絡みで、申告書という「成果物」を作成・提供するのであるから、請負(民法632条)であるといわれたりはしていますが、契約の実態が問題となる税理士賠償責任の問題については、やはり委任(準委任)として整理されるものでしょう。
そして、委任契約の内容として、税理士の先生もよくお聞きになると思いますが、「善管注意義務」(民法第644条)を負います。
この善管注意義務ですが、「善良な管理者としての注意義務」の略で、債務者(税賠の場合は、税理士)の職業や社会的・経済的地位に応じて、取引上一般的に要求される程度の注意をするべきという内容になります。

一般に税賠の書籍等では、税理士賠償責任の根拠となる義務違反としては、この善管注意義務とは別に「忠実義務」や「説明義務」等他の義務の名前を使って整理するものも多いですが、実務上は、税理士の先生は善管注意義務を負うという点を押さえていただき、税賠で問題になる善管注意義務の内容を押さえておけば良いかと思います。

税理士賠償責任における善管注意義務の分析は、

○義務の対象事項
○義務遂行の指針
○義務の程度
○義務違反の類型

という4つの視点から行っていくことが良いかと思います。以下、具体的に見ていきましょう。

 

2 義務の対象事項

まず、義務の対象事項です。税理士の先生が専門家だからといって、どんな義務も認められるわけではありません。あくまでも、税理士の先生と依頼者さまの契約関係に依存するところがあります。
具体的には、契約によって

① 具体的に委任を受けた事項
             及び
② それに付随する事項

について、義務を履行する義務を負うことになります。例えば、法人税申告書の作成の依頼を受けたのであれば、申告書の作成についての義務(①)と適正な申告書を作成するために資料等を精査する義務(②)を負うということになります。

 

3 義務遂行の指針

次に、上記の対象事項について、どのような指針に基づいて、その事務処理を行っていけば良いか、つまり義務遂行の目的になります。

東京高裁平成15年12月25日判決
税理士は「税務に関する法令、実務の専門知識を駆使して、依頼者の要望に適切に応ずべき義務があり、法令に適合した適切な申告をすべきことはもとより法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があると解するのが相当」

①依頼者に有利な業務遂行義務

税理士の先生方は、義務を遂行するにあたり、依頼者に対してその要望に応じる義務があるとされています。

②法令の許容した範囲で適切に業務遂行をする義務

一方で、税理士の先生は、①の業務遂行をするにあたっては、「法令の許容する範囲内」でという留保がつけられています。つまり、税法で認められる範囲内で申告等をしなければならないということになります。

実務的にいうと①と②の指針は対立する場面もあるかと思いますが、この①と②の指針に適合した範囲で業務を遂行していかなければならないということになります。

 

4 義務の程度

次に、税理士業務は、国家資格に基づく高度専門業務であり、専門家として高度の注意義務を負うといわれています(いわゆる「専門家責任」)。

東京地裁平成22年12月8日判決
税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼にこたえ、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする専門職であり(税理士法1条参照)、納税者から税務申告の代行等を委任されたときは、委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うものと解される。

専門家責任といっても、他の業種の善管注意義務とどこが違うのかわかりにくいかと思います。裁判例から見ると下記のような点になります。

①知っておくべき知識レベル

まず、税務に関する法律(税法)、法令(施行令や規則)、通達等について、すべて正確に把握していることが必要という水準になります。

②義務の対象事項が広範

さらに、「2.1 義務の対象事項」でいうところの「② それに付随する事項」の付随すると判断される範囲が広いということになります。

東京地裁平成24年3月30日
本件顧問契約は、被告が税理士法人であり専門的知識を有することを前提として締結されたものであるからすれば、原告からの個別の相談又は問合せがなくても、原告から適切に情報提供がされるなどして、被告において、原告の税務に関連する行為により課税上重大な利害得失があり得ることを具体的に認識し又は容易に認識し得るような事情がある場合には、原告に対し、その旨の助言、指導等をすべき付随的な義務が生じる場合もあるというべきである

 

5 義務の類型

最後に善管注意義務の類型となりますが、この点が税理士賠償責任を分析するにあたり、重要となります。次回以降1つの類型ごとの具体的な解説もしていきたいと思っています。ここでは概要を説明します。税理士賠償責任に関する裁判例を分析すると概ね以下の3つの類型に整理することができます。

① 法令等の調査・確認義務

こちらは、上記の「2.3 義務の程度」のところでも少し触れましたが、法令等の中には、「通達」等まで含みます。
つまりは、申告書の作成等にあたっては、事実関係に基づいて、ミスなく法令等をしっかり調査し、確認する義務があるということです。例えば、譲渡所得における「居住用財産の特別控除の規定(措置法35条)が、同族会社に対する譲渡では不適用(同法35条括弧書き、同令23条2項・20条の3第1項)であること」を失念していたというような場合です。

② 事実の調査・確認義務

事実の調査・確認義務は、各依頼内容によってそれに関する事実をしっかりと調査し、依頼者に確認し、誤認等がないようにしなければならない義務をいいます。例えば、依頼者からの事実に関する説明を勝手に勘違いしていた場合などが考えられますが、税理士賠償責任の裁判例等で争いになるのは、主に次のような場合です。

 依頼者からの説明・提供資料にのみ依拠して、それ以上の調査・確認をしなかった場面

具体的な事例や考慮要素などは、次回の以降の記事で書いていきたいと思います。

//追記
以下の記事で詳細を解説しています。

③ 説明・助言義務

お医者さんでよくいわれるところの「インフォームド・コンセント」です。つまりは、税理士の先生方は、依頼者に税務に関する専門的な情報をしっかり提供して、依頼者が適切に判断(自己決定)できるようにしなくてはならないという義務です。

具体的に問題になる場面は、下記のような場合です。

○選択の余地のある税務処理をする場合
○否認リスクがある税務処理をする場合

前者は消費税の課税方式選択する場合、後者は例えば、通達とは異なる処理をする場合に、否認リスクがあることや延滞税・加算税を負うリスクがあることを説明する必要があるということです。こちらについても、より詳細な具体例や義務違反の考慮要素は次回以降の記事で詳しく見ていきたいと思います。

//追記
以下の記事で詳細を解説しています。

 

6 まとめ

以上が、税理士の先生が依頼者との関係で負う義務の総論的な話になります。ちょっと抽象度は高めですが、善管注意義務の内容を理解するには必須かと思いますので、ご参考になさっていただければと思います。
次回以降は、義務の類型について、より具体的に見ていきましょう。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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