特定財産承継(相続させる旨の)遺言と異なる遺産分割と贈与税など
今回は、特定財産承継(相続させる旨の)遺言と異なる遺産分割をした場合と課税関係について、民事・税務の視点から解説します。
前回、遺産分割のやり直しと贈与税等の課税について解説しましたが、理論的には同様の問題が生じます。
今回の解説では、以下の事案を前提に解説します。
相続人 :長男X 長女Y
相続財産:甲不動産(時価3,000万円)、現預金2,000万円
遺言内容:①長男Xに甲不動産を相続させる。②長女Yに現預金を相続させる。
このような事案で、長男Xは甲不動産よりも現預金を取得したい一方で、長女Yは現預金よりも甲不動産を取得したいという場合を想定します。
【目次】
1 民事上の特定財産承継(相続させる旨の)遺言と異なる遺産分割
まずは、民事上の遺言と異なる遺産分割の議論を見ていきましょう。
1.1 特定財産承継(相続させる旨の)遺言の効力
上記の遺言は、長男Xと長女Yにそれぞれ甲不動産と現預金を「相続させる」とされています。このような特定の財産を特定の相続人に「相続させる」とする遺言は、この遺言の性質(遺言事項の何にあたるのか)やその効果については、争いがありました。
この点については、最判平成3年4月19日により、法的意味が明らかにされました。
- 最高裁平成3年4月19日(太字部分と下線:筆者)
-
◯遺産分割方法の指定なのか、遺贈なのか
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。◯相続させる旨の遺言の効果
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
相続させる旨の遺言は、特定遺贈ではなく、遺産分割方法の指定ですが、その効果としては、通常の遺産分割方法の指定と異なり、相続開始時に直ちに特定の財産が相続により承継させる特殊なものであるとされました。なお、相続法の改正により、この相続させる旨の遺言は、「特定財産承継遺言」という名称として明文化されました(民法1014条)。
上記の遺言については、Aの相続開始時点で、甲不動産は長男Xに、現預金は長女Yに帰属している状態(分割済み)ということとなります。
その他、特定財産承継(相続させる旨)の遺言については、以下の記事もご参照ください。
1.2 特定財産承継(相続させる旨の)遺言と異なる遺産分割の可否
上記のとおり、特定財産承継遺言により、Aの相続開始時点において、各財産は各相続人に移転しているということになります。
このように、一旦、財産の帰属が確定している財産については、遺産分割の対象となる遺産共有となっている財産ではないため、相続人全員の合意の下、これとは異なる遺産分割をすることが可能であるのかという点が民事上問題となりますが、裁判例および実務はこれを認めています。
- ○さいたま地判平成14年2月7日
-
特定の不動産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言がなされた場合には・・・直ちに当該不動産は当該相続人に相続により承継される。
しかしながら・・・被相続人が遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別・・・一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが、このような遺産分割は、相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし、その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。
2 特定財産承継(相続させる旨の)遺言と異なる遺産分割と贈与税等
税務当局は、遺産分割のやり直しについては、原則として、いったん有効な遺産分割が確定した以上、財産の帰属が確定しており、再度の遺産分割は「相続」の問題ではなく、新たな法律行為(売買、交換または贈与等)と解しているようです。
特定財産承継遺言でも、同様に相続開始時において、一旦財産の帰属が確定している(分割済み)ため、同じように贈与税等が発生すると考えるのかが問題となります。
2.1 税務当局の見解と分析
実務上、一般的には、遺言と異なる遺産分割の場合、贈与税は発生しないと考えられているようです。その根拠として、よくあげられるものとして、以下のタックスアンサーや質疑応答事例等があります。
- タックスアンサーNo.4176
- 〈遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税〉
特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書がある場合に、相続人全員で遺言書の内容と異なった遺産分割をしたときには、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当です。したがって、各人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容によることとなります。
なお、受遺者である相続人から他の相続人に対して贈与があったものとして贈与税が課されることにはなりません。
- 質疑応答事例〜遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税〜
- 【照会要旨】
被相続人甲は、全遺産を丙(三男)に与える旨(包括遺贈)の公正証書による遺言書を残していましたが、相続人全員で遺言書の内容と異なる遺産の分割協議を行い、その遺産は、乙(甲の妻)が1/ 2、丙が1/ 2それぞれ取得しました。
この場合、贈与税の課税関係は生じないものと解してよろしいですか。 - 【回答要旨】
相続人全員の協議で遺言書の内容と異なる遺産の分割をしたということは(仮に放棄の手続がされていなくても)、包括受遺者である丙が包括遺贈を事実上放棄し(この場合、丙は相続人としての権利・義務は有しています。)、共同相続人間で遺産分割が行われたとみて差し支えありません。
したがって、照会の場合には、原則として贈与税の課税は生じないことになります。 - 【関係法令通達】
民法第907条、第908条、第915条、第939条、第990条
最高裁 平成10年6月11日判決
まず、特定財産承継遺言は、民事上はあくまでも「相続」であるため、それを放棄するには特定遺贈(民法986条1項)と異なり、相続放棄手続きが必要と解されています(東京高決平成21年11月18日)。タックスアンサーを見る限りでは、「遺贈」とされているため、特定財産承継遺言の場合にも当てはまるのかという点について疑問がありますが、質疑応答事例では同じく相続放棄が必要な包括遺贈でも、原則として贈与税の課税は生じないとされているため、相続放棄が必要な特定財産承継遺言を除外している趣旨とまでは見てとれないでしょう。
一方で、タックスアンサーおよび質疑応答事例ともに、特定の相続人に全ての財産を取得させる遺言であることを前提としており、質疑応答事例において、引用されている「最高裁平成10年6月11日判決」は、遺留分を侵害された者が、遺産分割を請求した場合には、遺留分減殺請求(当時)の意思表示があったものと解するというものです。つまり、遺留分侵害の請求があった場合には、それを遺産分割で調整するということが多々あるため、そのような場合に限定して、解釈をしているのか否かという点については、必ずしも明らかではありません。
2.2 実務上の注意すべき場合
上記のとおり、明確な理論上の根拠は不明な部分もありますが、課税実務上は、原則として遺言と異なる遺産分割がなされても、「相続」の問題として扱われ、贈与税等は課税されていないものと考えられます。私見では、遺産分割のやり直しと異なり、遺言はそもそも納税者ではない被相続人の一方的なものですし、相続人の意思決定として、1回限りの分割であれば、租税公平主義に与える影響も小さいことなどが背景にあるものと考えられます。
ただし、質疑応答事例でも「原則として」とされているところ、一定の場合には実務上も注意が必要であると考えます。
①遺言執行者がいる場合
民事上、遺言執行者が存在する場合には、遺言と異なる遺産分割をするには、遺言執行者の同意が必要とされています(民法1013条1項、2項)。
そして、遺言執行者の同意がない形式上の遺産分割合意については、遺産分割としては無効である一方で、相続人間において贈与ないし交換等の贈与をする旨の合意として有効となると解されています。
- ○東京地判平成13年6月28日
- 民法1013条によれば、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることが出来ず、これに違反するような遺産分割行為は無効と解すべきである。
もっとも、本件遺産分割協議は、分割方法の指定のない財産についての遺産分割の協議と共に、本件土地持分については、Xが本件遺言によって取得した取得分を相続人間で贈与ないし交換的に譲渡する旨の合意をしたものと解するのが相当であり・・・有効な合意と認めることができる。
つまり、本件の遺言において、遺言執行者が選任されているにもかかわらず、遺言執行者の同意がない場合には、遺産分割ではなく、新たな譲渡(売買、交換または贈与等)の合意と評価されるおそれが強いため、遺産分割を行う場合には、遺言執行者の同意を取得すべきでしょう。
②遺言により異なる遺産分割が禁止されている場合
前述のさいたま地判平成14年2月7日では、特定財産承継遺言と異なる遺産分割に通常の遺産分割の効力が生じるとされる場合について、「遺言でこれと異なる遺産分割を禁じている等の事情があれば格別」とされています。つまり、遺言によりこれと異なる遺産分割を禁止する旨の規定がある場合には、税務上も、その遺産分割の合意は、相続人間における新たな譲渡(売買、交換または贈与等)の合意と評価される可能性が高いでしょう。
③不動産等について既に登記等を済ませてしまった場合
例えば、長男Xが既に甲不動産を一度、自己が単独で取得したものとして登記をした場合です。このような場合には、贈与税が課税されるとする見解も存在します。
前述のとおり、課税実務上、特定財産承継遺言と異なる遺産分割について原則として贈与税とはならないとされているのは、一回的な相続人の合意によるものであり、租税公平主義に与える影響も少ないことが背景としてはあるように思います。一度それを事実上承認した行為を外形的に行っている以上、遺産分割のやり直しと異なり一方の相続人Xの行為に過ぎないとしても、贈与税等が発生するという考えもあり得るところかとは考えます。
④相続税の確定申告後に遺産分割を行う場合
本件のような遺言がある場合、相続税申告では、遺言で既に分割された財産は、「分割されていない財産」(相続税法55条)には該当しないため、未分割申告はできないものと解されている(国税不服審判所裁決平成23年12月6日)ことから、遺言に沿った申告がなされているものと考えられます(実務上は、未分割として申告しているケースも多いですが、税法上は誤りであると解されます。)。
このような相続税申告後に、遺言と異なる遺産分割をすることは、税務上は、新たな法律行為(売買、交換または贈与等)としての課税関係が生じるとする見解なども有力です。
3 税理士の実務対応と私見
3.1 税理士の実務対応
課税実務上、特定財産承継遺言と異なる遺産分割は、原則として贈与税等の課税は行われていません。本件でも、原則として譲渡所得課税や贈与税等の課税はされないものと考えられます。
ただし、上記の各場合には注意が必要です。特に上記③及び④は、必ずしも理論上の根拠が明確ではない一方で、特に上記贈与課税等のリスクも比較的残るため、クライアントが強く希望した場合、しっかりとリスクを説明し、理解した上での意思決定を促すことが必要でしょう。
3.2 私見
特定財産承継遺言と贈与税等の関係は、裁判例等によっても、必ずしも理論上の根拠が明らかとはされていないところです。
最後に僭越ながら、私見を述べさせていただくと、贈与課税等が生じるかという点については、一律に定まるものではなく、遺産分割のやり直しが問題となった裁判例である東京地判平成11年2月25日のように、遺言と遺産分割協議の内容の相違、遺言と異なる遺産分割協議が行われるに至った原因、経緯、時期、目的、関係当事者の認識等の諸事情を総合考慮して、相続による遺産分割と評価できるのか、それとも形式的な遺産分割の名の下の新たな財産移転行為と評価できるのかという問題となるかと存じます。
その認定の際には、当裁判例の指摘と同様に、相続税申告期限なども重視されるものと考えます。前述の注意すべき場合は、この事実認定と評価に影響を与える事情であるというのが筆者の私見です。
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