論より証拠!
-客観的資料を確認しなかったことが原因で依頼者からの損害賠償が認められた事例

本記事のポイント
  • 税理士が管理費等の根拠資料を確認せずに税務申告を行った結果、修正申告が必要になった場合に、依頼者に対して損害賠償義務を負わされることがあること
  • 優遇措置を受けるための具体的な提出資料について説明を行わなかった結果、優遇措置が受けられなかった場合に、依頼者に対して損害賠償義務を負わされることがあること
  • 税務申告等の税理士業務を適切に遂行するためには、依頼者から詳しく話を聴き取ることが重要です。

    さらに、税理士は、納税義務の適正な実現を図ることを使命とし(税理士法1条)、故意又は過失により真正の事実に反して税務書類の作成を行うことは、税理士法45条により懲戒処分の対象とされていますので、真実に合致した税務申告を行うため、きちんと裏付け資料を確認・用意することも重要です。

    本記事では、依頼者から聞き取った話を過信するなどして、裏付け資料等の確認を行わなかったために、税理士業務を正しく行わなかったとして、依頼者からの債務不履行に基づく損害賠償請求が認められると判断した事例(山形地判平成19年4月27日)を参考に、

    依頼者の説明を漫然と信用して税務申告してしまうことのリスク

    についてご説明いたします。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    税理士Yは、X社が代表を務めるグループ会社8社と税務全般につき税務顧問契約を締結していた。

    (1) 管理費の裏付け資料に関する概要

    X社は、グループ会社の本部機能(会計税務業務や定業展開等)を担当し、グループ企業から「管理費」名目で対価を徴収していた。

    管理費はX社代表者が一存で決めていたが、税理士Yに裏付け資料を見せなかった。

    税理士Yは、裏付け資料がないまま、X社代表者が決めた通りの管理費額で税務申告を行っていた。

    平成15年の税務調査において、裏付け資料の提出がなかったため、「管理費」が寄付金として認定され、3142万0300円の追加納付が必要となった。

    そこで、X社は、税理士Yに対し、追加納付額の損害賠償を求め、訴訟を提起した。

    (2) 優遇税制措置を受けられなかったことに関する概要

    税理士YとX社らとの顧問契約には、税法上の優遇措置の適用の可否を検討し、依頼者が税法上の優遇措置を受けられるように税務申告を行うことが含まれていた。

    税理士Yは2、3か月に一度、情報誌を顧客に送付し、税制に関する情報を提供していた。

    税理士Yは、X社代表者に対し、税制優遇措置一般について説明し、適用希望があれば資料を提出してほしい旨依頼したが、X社代表者からは一度も希望の連絡はなかった。

    税理士Yは、X社代表者に対し、具体的な制度内容な具体的に必要となる資料を特定して資料提出を求めることはしていなかった。

    X社らはリース物件に関する税制優遇制度が利用できることを知らず、優遇税制制度を利用できなかったことにより、1060万4820円の支出を要したとして、同額を損害として訴訟を提起した。

    1.2 経過

    平成4年頃

  • X社が、税理士Yに対し、税務申告月に会計データを一年分まとめて渡すようになった。
  • 平成15年年11月15日~17日

  • 税務署がX社らに対し税務調査実施。
  • 税務署は、調査の結果、管理費は経費ではなく寄付金に当たるとして、修正申告を行うよう促した。
  • 平成16年3月12日

  • X社は、平成11年度ないし平成14年度の税務申告につき本件修正申告を行なった。
  • 平成16年6月15日

  • X社は、上記修正申告に関し、税務署に対し、3142万0300円を支払った。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下のとおりです。

    ①依頼者の説明を漫然と信じて、裏付け資料の確認を怠ったことが債務不履行に当たると判断された点
    ②依頼者に対して、具体的税制優遇制度の内容や必要書類についての説明を怠ったことが債務不履行に当たると判断された点

    2.1依頼者の説明を漫然と信じて、裏付け資料の確認を怠ったことが債務不履行に当たると判断された点

    裁判所は、税理士Yが、

  • 税実務上、管理費を期末に一括して計上し、実費以外ついても経費として認められるためには、ロイヤリティー契約を締結しておく必要があることを知っていたこと
  • X社らがロイヤリティー契約を締結していないことを知っていたこと
  • を認定した上で、

      X社代表者の、裏付け資料を出すのは難しい旨の説明を漫然と信じ、裏付け資料を確認しなかったことが原因となって、X社らが修正申告をしなければならなくなった

    として、税理士Yの責任を認めました。

    なお、裁判所はX社が協力要請に応えていなかったという点も考慮し、請求額の1/2(1570万円)を損害として認定しています。

    (教訓・対策)

    本件では、税理士たるもの、依頼者の説明を信じるだけではなく、その内容についても確認をしなければならないということが前提とされているものと思われます。

    当然のことのようにも思えますが、本件では、X社が年に一度しか会計書類を渡していなかったことや、それが税理士Yの繁忙期に重なっていたこと等から、ハードスケジュールの中でのやりとりであったことが推察されます。

    どれだけ忙しかろうと、申告の根拠となる裏付け資料(証憑)について確認することを怠ってはいけないと裁判所は判断したということになります。

    他方で、いくら催促しても全く資料が依頼者から出てこない、ということはあり得るところかと思います。

    このような場合にリスクを回避する方法としては、税理士の先生に資料を渡さない=依頼者が希望する税申告が否認される(あるいは修正申告を求められる)可能性が生じるということを、依頼者に説明する、ということが挙げられます。

    具体的には、

  • 【必要書類】:依頼者の希望の税務申告を行うために必要な具体的書類
  • 【書類不提出のリスク】:(当該書類の提出がなかった場合の効果(否認・修正申告等))
  • 【当初の想定納税額との差額】:(リスクが現実化した際の支出など)
  • について、説明を行っていただくことをお勧めいたします。

    これにより、「書類を出さない」のであれば、「納税額が増加する」ことになり得るという点について依頼者に予見可能性を持たせることが期待できます。

    また、裁判になった場合は、証拠によって事実認定をしますので、書面やメールで上記の説明を行ってください。

    2.2 依頼者に対して、具体的税制優遇制度の内容や必要書類についての説明を怠ったことが債務不履行に当たると判断された点

    裁判所は、
    税理士Yの問題点として、

  • 税理士Yは、X社代表者に対し、優遇税制一般の説明をし、適用できるものがあれば資料を出すよう求めたにとどまった点
  • 当該優遇税制制度について具体的な説明をしたり、具体的に必要となる資料を特定して資料の提出を求めたりしていない点
  • を挙げ、

    それが債務不履行となる理由について、

  • 税務の専門家でないX社代表者にとって、優遇税制一般の説明を聞いただけは、どのような資料を提出すればよいのか判断困難である
  • 税理士Yは、リース契約書を見れば優遇税制制度の適用を受けることができるかすぐに判断できた
  • X社は、税理士Yがリース契約書の提出を求めればいつでも提出できる状態で資料を管理していた
  • を挙げ、結論として

      税理士Yが、本件各税務顧問契約における注意義務に違反していることは明らかである

    として、債務不履行責任を認めました。

    (教訓・対策)

    本件では、税理士YはX社に対し優遇税制制度のリストを渡しており、口頭でも一般的な説明を行っていますので、説明自体は行っているとも思えることがポイントです。

    おそらく、税理士Yもそのように考えていたことでしょう。

    しかし、説明があったかどうか、という点はあくまで依頼者目線で判断される、ということになりますので、税務の専門家ではない依頼者本人が、当該優遇税制制度を利用するかしないかの意思決定ができるだけの情報を与える必要があるということになります。

    これに対する対策の一例は、優遇税制のチェックリストや説明を行った依頼者について、適用意思の有無や質問点、不明点等を尋ねる後追い連絡をするということが挙げられます。

    このほか、契約書上の(事前の)対策としては、顧問契約書等に、説明の内容について定めておくことも考えられます。

    税理士の先生がどこまで説明するのか、説明や認識に齟齬があった場合にどこまで責任を負うのか、等の取決めを契約書において事前に決めておくという方法です。

    依頼者との契約書の作成方法については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    3 まとめ

    ここまでで、客観的資料を確認しなかったことが原因で依頼者からの損害賠償が認められた事例ついてお話しさせていただきましたが、

    依頼者の意思に反する税務申告はできませんので、客観的資料がない場合に、税務署がどのような認定をするかを明確に依頼者に伝えておくことが重要です。

    また、優遇税制についても、優遇税制措置が利用できるのか利用できないのか(特に、利用できる制度)を、依頼者が理解している状態にしておくことが必要です。

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