契約書がない場合の税理士の責任はどうなる?―不正行為に関する税理士の調査義務を否定した事例

本記事のポイント
  • 依頼者と税理士の間には契約書が作成されておらず、委任事項に関する明確な定めがなかったところ、不正行為に関する調査や報告の義務を負うものではないと判断された
  • 契約後に顧問料が増額されていたところ、依頼者が同意していたとはいえないとして、増額分の返還が命じられた
  • 同じ顧問契約であっても、税理士がどこまでの義務を負うかについては、契約書に記載があればそれを基準に判断されますが、契約書を作成していなかった場合、契約の性質や締結の経緯等、様々な事情を考慮してその範囲が定まるものと考えられます。

    今回紹介するのは、税理士と依頼者の間の顧問契約書について、契約書が作成されていなかったところ、依頼者が、依頼者の従業員による横領につき、税理士に調査や報告の義務があったと主張して争った事例です。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    本件は、依頼者Xが、自らの従業員が約8000万円を横領したことにつき、税理士Yが不正行為が行われているかどうかを調査・報告する義務があった等と主張し、税理士Yに対して、横領による損害を賠償することを求めた事案です。

    1.2 経過

    平成4年9月

  • 依頼者Xと税理士Yが顧問契約を締結。契約書は作成しなかった。
  • 平成16年2月まで

  • 顧問料月額10万円、決算報告報酬15万円と合意されていた。
  • 平成16年3月以降

  • 税理士Yは、上記合意よりも増額された以下の報酬を受け取っていた。
  • 平成16年3月から顧問料月額12万円、決算報告報酬15万円
  • 平成18年1月から顧問料月額14万円、決算報告報酬20万円
  • 平成17年10月1日頃~

  • 依頼者Xの従業員が約8000万円を横領した。
  • 2 解説

    本判決の主な争点のうち、参考にすべきポイントは以下の2つになります。

    ①不正行為を調査・報告する義務があったか
    ②依頼者Xが顧問料の増額について同意していたか

    依頼者との契約書の作成方法については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    2.1 不正行為を調査・報告する義務があったか

    依頼者Xは、税理士Yに対して税理士としてできる全てのことを委任し、それには経営指導も含まれていたとし、会計上、不正行為が行われているかを調査する義務があったと主張していました。

    しかし、裁判所は、税理士の業務を定めた税理士法2条(税務代理、税務書類の作成、税務相談および付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行等)を引用し、

      これらの業務に照らしても、依頼者Xが上記のような期待をすることがやむを得ないとは言えず、税理士Yは、依頼者Xの主張するような調査義務を負うものではない

    と判断しました。

    また、委任契約ないし準委任契約に基づく善管注意義務の内容としても、

      本件の顧問契約は、依頼者Xの運営する診療所の適正な運営や委任者Xの財産の管理・保全を目的とするものではなく、不正が疑われる状況にあるのかどうかを判断し報告するというような義務は含まれない

    と判断しました。

    更に、

      従業員の不正行為を知ったような場合であっても、安易にこれを報告すれば従業員に対する名誉棄損等の問題すら生じかねないとして、これを報告しなかったとしても義務違反はない

    と判示しました。

    裁判所は、その他の報告等についても問題はなかったとし、結論として、税理士Yには義務違反はないものと判断しました。

    (教訓・対策)

    以上のように、契約書がない場合に税理士が顧問契約に基づきどこまでの義務を負うかという点について、裁判所は、税理士に全て委ねていたという依頼者Xの一方的な期待によってのみ決まるものではなく、税理士法に定められた税理士の業務等を参照しつつ、不正行為に関する調査や報告の義務までは含まれないものとしています。

    このような判断を前提とすれば、契約書上で明確に業務の範囲を定めなかったとしても、過度に税理士の責任が拡大するものではないと考えられます。

    しかしながら、契約の締結に至る経緯等によっては、税理士の意図しない部分についてまで責任を負うことになってしまう可能性もあります。

    また、法的には責任を負わないとしても、依頼者との間でトラブルに発展する可能性は高くなってしまうと考えられます。

    そのため、想定できる範囲で、契約に基づき対応する業務としない業務を契約書で明確にしておくことが望ましいでしょう。

    2.2 依頼者Xが顧問料の増額について同意していたか

    従業員による横領の件とは別に、本件の依頼者Xは、契約後に増額されて支払われていた顧問料等の返還も請求していました。

    これに対して、税理士Y側は、依頼者Xの従業員(横領をした従業員と同じ従業員)に対して増額を依頼し、その後、増額された顧問料等が支払われていたことから、依頼者Xが増額に同意していたと主張していました。

    しかし、裁判所は、

      同従業員が経理面を担当していたこと、依頼者Xが経理面における事務に積極に関わっていなかったことからすれば、従業員が依頼者Xに無断で顧問料等の増額を行った可能性もあり、Xがこれに同意していたと推認することはできない

    と判断し、結論として、増額分112万円につき、税理士Yに返還を命じました。
    (教訓・対策)
    本件において、増額についての合意がされたことが認定されなかった理由として、合意についての書面等の証拠が残っていなかったという点が挙げられます。

    契約締結当初に契約書を作成した方がよいのはもちろんのことですが、顧問料や報酬、その他契約内容についての重要な変更を行う際には、双方が合意したことの証拠となる書面等を作成しておくことが、紛争の予防において重要となります。

    3 まとめ

    契約書等の書面は、契約当事者間でどのような権利や義務が生じるかという点について、有効に合意がなされたこと及びその内容についての証拠となるものであり、本件のようなトラブルは、書面を作成しておくことである程度予防できるものと考えられます。

    基本的に、契約の締結や契約内容の変更の場面では常に合意内容に関する書面を作成しておくことが望ましいでしょう。

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