届出書を提出しなかったのは税理士のせい?
―消費税課税事業者選択届出制度について、税理士の助言義務違反を否定した事例

本記事のポイント
  • 具体的な事情によっては、消費税課税事業者選択届出制度について税理士が説明・注意喚起する義務を負う場合がある
  • 本件では、税理士が説明・注意喚起の義務を負うものではないと判断された
  • 消費税の課税においては、基準期間(法人の場合、前々事業年度)の課税売上高が1000万円以下の事業者は免税事業者となります。

    免税事業者は、課税売上に係る消費税額よりも課税仕入れ等に係る消費税額が多い場合でも還付を受けることはできませんが、税務署に「消費税課税事業者選択届出書」を提出し、課税事業者となることを選択することにより、還付を受けることもできます。

    今回紹介する事例は、届出書を提出して課税事業者となっていれば消費税の還付を受けられるはずであった依頼者が、還付を受けられなかったことにつき税理士に責任があることを主張して争った事例です。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    本件は、税理士Yと税務顧問契約を締結していた依頼者Xが、税理士Yには消費税事業者選択届出制度について依頼者Xに助言する義務があるのにこれを怠ったため、依頼者Xは消費税課税事業者選択届出書を提出して消費税課税事業者となることができず、消費税の還付を受けることができなかったと主張して、還付を受けられたはずの金額の支払を求めた事案です。

    1.2 経過

    平成17年5月頃

  • 税理士Yが依頼者Xから、第1期(平成16年12月1日~平成17年3月31日)の決算業務・申告書作成業務を受任した。
  • 第1期の売上は1000万円未満であり、第1期を基準期間とする第3期においては、消費税課税事業者選択届出書を提出して課税事業者とならない限り、免税事業者となる状態であった。
  • 平成17年7月頃

  • 依頼者Xと税理士Yが税務顧問契約を締結した。
  • 平成18年3月31日

  • この日までに届出書を提出して課税事業者となっていれば消費税の還付を受けられるはずであったが、依頼者Xは届出書を提出しなかった。
  • 2 解説

    本判決の主な争点となったのは、税理士Yの側に何らかの義務違反があったかという点ですが、参考にすべきポイントは以下の3つになります。

    ①税務顧問契約上の義務について
    ②制度の存在を説明すべき義務について
    ③制度について注意喚起をすべき義務について

    依頼者との契約書の作成方法については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    2.1 税務顧問契約上の義務について

    裁判所は、

      契約書の文言や契約を締結した経緯からして、依頼者Xと税理士Yの税務顧問契約の内容は、依頼者Xから税務相談があった場合には電話で対応するというものであり、税理士Yは、原則として、依頼者がXが問い合わせ等をしない限り、積極的に調査して助言等をする義務を負うことはないと解したうえで、本件では依頼者Xは問い合わせをしていないため、この点についての税理士Yの義務違反はない

    ものと判断しました。

    そのうえで、税務の専門家として契約を締結していることを勘案すると、善管注意義務の一態様として、問い合わせ等を受けなくても、消費税課税事業者選択届出制度についての説明、又は注意喚起等を行う義務が生じる場合があり得るとしました。具体的には以下2つのような場合を挙げています。

  • 依頼者Xが制度の存在を知らないこと又は失念していることを認識した場合のほか、税理士Yがそのことを容易に認識し得るような場合
  • 依頼者Xが制度を実際に知っていたか否かにかかわらず、依頼者Xが届出書を提出して課税事業者となった方が課税上有利になる可能性があることを届出書提出期限までに認識し、又はそのことを容易に認識し得た場合
  • (教訓・対策)

    裁判所は、税理士が税務顧問契約に基づきどこまでの義務を負うかという点について、

      一次的には、契約書上の文言や契約の締結に至る経緯等から判断しつつ、税理士が税務の専門家として契約を締結していること等も考慮して、依頼者からの問い合わせ等がなくとも、税理士が消費税課税事業者選択届出制度について説明等する義務を負う場合がある

    と判断しています。

    このような判示を前提とすると、税理士の側としては、契約書上の文言等で業務の範囲を明確にすることである程度のリスクを減らすことはできるものの、客観的に見て助言等をすべきような場合には責任を免れることは難しくなってくるものと考えられます。

    そのため、契約書の記載だけから判断するのではなく、特に類型的に大きな損害が生じる可能性が高いような部分等については、依頼者から相談がなかったとしても、常に事前に説明しておくようにすることで、大きなトラブルに発展することを回避しやすくなるでしょう。

    2.2 制度の存在を説明する義務について

    裁判所は、上述のように、依頼者Xが制度の存在を知らないこと又は失念していることを認識した場合のほか、税理士Yがそのことを容易に認識し得るような場合には、制度の存在を説明する義務を負うとしました。

    そのうえで、本件においては、

      依頼者Xは届出書提出期限まで消費税課税事業者選択届出制度についての認識を有していなかったとしつつも、依頼者Xの代表取締役や経理責任者の経歴等からして、同人らが相当程度税務知識を有すると考えるのが自然であり、消費税課税事業者選択届出制度は事業者であれば知っておくべき基本的知識であるということも考慮すると、税理士Yは、依頼者Xが制度を知らないこと又は失念していることを認識していたとは言えないとし、制度の存在を説明する義務を負っていたとは認められない

    と判断しました。

    (教訓・対策)
    上記のとおり、裁判所は、消費税課税事業者選択届出制度が事業者であれば知っておくべき基本的知識であるということを、税理士が依頼者の失念等を認識していなかったことの根拠として挙げています。

    この点の判示からすれば、事業者であれば当然知っておくべきようなものについては説明の必要がないようにも思われます。

    しかし、裁判所は、依頼者の代表者らの知識がどの程度のものであったかという点も考慮しており、やはり最終的にどの程度まで説明すべきかは、ケースバイケースということになるでしょう。

    2.3 制度について注意喚起をすべき義務について

    裁判所は、上述のように、依頼者Xが制度を実際に知っていたか否かにかかわらず、依頼者Xが届出書を提出して課税事業者となった方が課税上有利になる可能性があることを届出書提出期限までに認識し、又はそのことを容易に認識し得た場合には、消費税課税事業者選択届出制度について注意を喚起する義務を負うとしました。

    そのうえで、本件において、

      税理士Yは、多額の費用を支出する可能性があることを認識し得たものの、具体的にどの程度になるかまでは認識しておらず、他方で、ある程度の売上げ見込みであることを聞いていたこと等から、届出書を提出して課税事業者となった方が依頼者Xに有利になる可能性があることを認識し得たとはいえず、注意を喚起すべき義務を負っていない

    ものと判断しました。

    (教訓・対策)
    裁判所は、届出書の提出期限までに、税理士Yが依頼者Xの売上・費用についてどのような認識を持っていたかという点から、結論として、税理士の責任を否定しました。

    本件判決の判断基準に従った場合に、どの程度の認識があれば注意喚起等の義務を負うことになるかは定かではありません。

    しかし、確定的でない情報であっても、費用や売上げに関する具体的な見込み金額を把握しているような場合であれば、注意喚起等の義務を負うことになる可能性は高いと考えられるため注意が必要です。

    3 まとめ

    本件は、依頼者Xが控訴したものの、東京高判平成21年3月25日において控訴が棄却され、確定しています。

    本件においては税理士の責任が否定されているように、税務顧問契約のような契約を締結していれば、税務に関するあらゆる事項について税理士が説明責任を負うということではありません。

    しかし、本件判決でも触れられているように、税理士は税務の専門家として契約を締結していることからすれば、常に高度の注意義務を負うものと考えられますので、リスクが考えられる事項についてはできる限り事前に説明しておくよう心掛けることが望ましいでしょう。

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