税理士損害賠償責任における損害の発生と因果関係

ここまで、税理士に対する損害賠償請求の根拠である債務不履行の要件について、①契約義務の違反、②税理士の帰責性について、見てきました。
今回は、債務不履行の残りの要件である③損害の発生と④①義務違反と③損害の因果関係という要件について見ていきたいと思います。

 
なお、税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた私の経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

1 ③損害の発生

この要件ですが、これは当たり前かと思います。つまりは、たとえ税理士の先生にミスがあったとしても、依頼者に損害が生じていなければ、損害倍賞をすることはできません。損害賠償制度は、実際に生じた損害を補填するものですから、当たり前の話です。

税理士賠償責任について、簡単な例を挙げると

 ○申告が過少だった場合:加算税と延滞税相当額

○申告が過大であった場合:本税の過大納付分相当額(回復ができなかったもの)

が「損害」にあたります。

 

2 ④①義務違反と③損害の因果関係

次に、どんなに依頼者に「損害」が発生していたとしても、無制限に損害賠償を認めてしまうと、損害額があまりにも大きくなってしまうケースもあります。民法は、損害が生じたとしても、その③損害の発生が、①義務違反によって生じたとして、法的な因果関係がある場合に限定して、賠償義務を認めています。
それでは、どのよう法的な因果関係の有無を判断するのでしょうか。
ここについては、一般的に、事実的因果関係を前提とした相当因果関係が必要と言われています。何を言っているのかよくわからないので、以下の事例を前提にもう少し詳しく見ていきましょう。なお、事例は説明のためのものです。

 個人事業主Aは、短期間で値上がりすることが確実と「思っている」ある特定の会社の株式を取得したいと考えていた。しかし、顧問税理士から聞いている納税額を考えると、この株式を取得に必要な金額を支出すると納税ができない。そのような事情からAは、この株式の取得を諦めるしかなかった(その事情がなければ、確実に購入していた)が、この株式はAの目論見通り、短期間で値上がりした。
その後、顧問税理士の指導による申告に基づく納税が過大であることが判明。仮に、適正な納税額であれば、誤納税との差額で、この株式を取得することができていたという状況であった。そこで、Aは、税理士の誤指導がなければ、Aの値上がり益(キャピタルゲイン)を得ていた、少なくとも、現状の株価と取得費の差額分について損害が生じたとして、税理士を訴えた。

2.1 事実的因果関係

事実的因果関係とは、その債務不履行の事実がなければ、その損害が発生しなかったという事実的な関係をいいます。いわゆる「あれなければ、これなし」という関係です。
上記の事例からすると、A側で、過大納付がなければ、上記株式を取得していたとなりますので、「過大納付(あれ)がなければ、現状の株価の株式を取得しなかったということ(これ)はなし」と言えるので、「現状の株価と取得費の差額分」について、事実的因果関係は認められるということになるでしょう。

2.2 相当因果関係

事実的因果関係があったとしても、上記の通り、法的には「相当因果関係」が必要になります。この相当因果関係の判断ですが、事実的因果関係を前提として、

①通常生じるであろうといえる損害
または
②税理士が予測していた、または予測できた特別事情による損害

がある場合に限定して、認められます。
上記の事例を見ると、「現状の株価と取得費の差額分」が、①または②の損害といえるかが問題になります。

①通常生じるであろうといえる損害といえるか?

まず、そもそも過大納付がなければ、その過大分相当額を使って、ある特定の銘柄の株式を購入するということについては、通常とは評価できないと考えられますので、その株式を取得できなかったことによる損害は「通常生じるであろうといえる損害」とは評価できないものと考えられます。

②税理士が予測していたまたは予測できた特別事情による損害

そうすると、②があるかないかが結論を分ける分水嶺になります。

つまり、

ⅰ 過大分相当額があれば、Aが「その株式を購入する」ということを予見または予見できた特別事情があるか否か

さらに、そういえたとしても差額分について、因果関係があるかについては、

ⅱ 値上がり益(キャピタルゲイン)が、予測していたまたは予測できた特別事情による損害と評価できるか否か

が問題となります。

上記事例からすると、例えば、申告時に「もしそのお金があれば、この株式を購入する」ということが、Aから税理士先生に伝えられていたという特別の事情をAが立証できない限りは、ⅰの特別事情は認められないでしょう。
また、仮にその点が認められたとしても、Aは、値上り益(キャピタルゲイン)が生じるか否かについて、税理士先生が予見できたと立証することもかなり困難だと思われますので、ⅱの特別事情も認められない場合がほとんどでしょう。

2.3 因果関係まとめ

ですので、上記事例では、事実的因果関係はあるが、相当因果関係は認められないものとして、④①義務違反と③損害の因果関係が認められず、損害賠償請求はできないものと扱われる可能性が高いです。

 

3 まとめ

以上が、税理士損害賠償請求の4つの要件である「③損害の発生」と「④ ①義務違反と③損害の因果関係」という要件の解説になります。
ご参考になさっていただけますと幸いです。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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