依頼者の指示に惑わされるな?
―依頼者の指示に誤りがあっても税理士の責任が認められた事例依頼者の指示に惑わされるな?

本記事のポイント
  • 依頼者に指示が不適切の場合、税理士は専門的な立場から依頼者の説明に従属することなく、必要な範囲で、その依頼が適切であるかも調査確認すべきであること
  • 監査法人のミスであっても、税理士のみが責任を負う場合があること
  • 税理士は、委任された事務処理の範囲や方法について、依頼者の指示があれば、原則としてそれに従わなければなりません。

    もっとも、その依頼者の指示が不適切であった場合、税理士はそのまま指示に従うことで足りるのでしょうか。

    今回は、税理士への賠償請求がされた過去の裁判例のうち、依頼者の指示が不適切であった場合には、税理士は依頼者の説明に従属することなく調査確認しなければならないとされた事例(大阪地方裁判所平成20年7月29日判決)について解説していきます。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    〈前提知識〉

  • X社は、土地建物の経営売買、航空機の賃貸等を業とする大会社。
  • X社には、監査法人Aが会計監査人に就任し、担当者Bが監査業務を行っていた。
  • 税理士Yは、X社と顧問契約を締結し、法人税確定申告書等の作成と税務代理の委任を受けていた。
  • ※本件特例制度:租税特別措置法68条の2第1項4号(平成18年3月31日法律第10号による改正前のもの)
    事業年度終了の時における資本又は出資の金額が1憶円以下の会社の場合、前事業年度終了の時における自己資本比率が50%以下である事業年度について、法人税の同族会社の留保金課税が不適用となる。

    〈事案の概要〉
    監査法人Aの担当者Bが自己資本比率について誤ったメモを作成しX社に結果を教えていた。

    さらに税理士Yは、そのメモの誤りを受け継ぎ、誤りを是正しなかった。

    結果として、留保金課税制度の特例の規定を適用することができたのに、税理士Yは、適用せずに法人税確定申告書を作成し、X社は余分に税金を納付してしまった。

    X社は、損害が生じたとして、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求を求めた。

    X社の請求
    ・税理士Yと監査法人Aに対し、5896万1200円及びこれに対する遅延損害金を請求した。

    税理士Yの主張
    ・本件特例制度を適用できるか否かの検討は委任事務の対象外だった。したがって、税理士Yに責任はない。

    裁判所の判断
    【監査法人Aについて】
    特例制度の適否について判断するのは税理士Yの業務である。監査法人Aと税理士Yは共同関係にはないから、監査法人Aの行為と損害との因果関係はなく、監査法人Aに対する請求は認められない。
    【税理士Yについて】
    4094万3696円及び遅延損害金を認めた。

    1.2 経過

    平成15年11月

  • 監査法人Aの担当者Bは、X社に、自己資本の額は前期末の利益積立金の額を用いて計算すべきでもあるにもかかわらず、誤って、利益剰余金の額を用いて本件特例制度に係る自己資本比率を計算したメモを提出した。
  • メモには、自己資本比率は55.41%と記載されたが、正しく計算すれば自己資本比率は50%以下で、本件特例制度を利用することができた。
  • X社は本件メモの誤った情報をもとに税理士Yに対し本件特例制度は適用されない結果を伝え、法人税確定申告書等の作成と税務代理を依頼した。
  • 平成16年4月

  • 税理士Yは、メモで利益積立金として掲げられ金額が利益剰余金の金額であることを確認して、項目の表記を「利益剰余金」と変更したが、自己資本比率の計算結果は55.42%と記載した。
  • 平成16年6月

  • 税理士Yは、本件特例制度の適用がないことを前提とした法人税確定申告書を税務署に提出した。
  • その後

  • 原告がX社とは別の監査法人に依頼したところ、本件特例制度を利用することができたことを指摘された。
  • X社は、更正請求も行ったが、更正すべき理由はない旨の通知を受けた。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の2つになります。

    ①依頼者に指示が不適切の場合、税理士は専門的な立場から依頼者の説明に従属することなく、必要な範囲で、その依頼が適切であるかも調査確認すべきであること。
    ②監査法人のミスであっても、税理士のみが責任を負う場合があること。

    2.1 税理士の調査・確認義務について

    裁判所は、税理士の職務について

    1. ・税理士は専門家として、一般人よりも高度な知識と技能を有し、公正かつ誠実に職務を執行するべきものであるから、依頼者からの明示の指示がなくても、自己の裁量によって依頼者の趣旨に添うように事務を処理すべきである。
    2. ・さらに、依頼者の指示が不適切であれば、これをただし、それを適切なものに変更させるなど、依頼者の依頼の趣旨に従って依頼者の信頼に応えるようにしなければならない。
    3. ・したがって、税理士は、専門的な立場から依頼者の説明に従属することなく、必要な範囲で、その依頼が適切であるかも調査確認すべきである。

    としました。
    (教訓・対策)

    依頼者の認識・知識が間違っており、それゆえ依頼者の指示も不適切な場合であっても、税理士は税務に関する専門家として、依頼された業務については、自ら必要な範囲で、依頼者の認識・知識・指示が間違っているのかを調査確認しなければなりません。

    また、仮に間違っていた場合は、是正する必要もあります。

    本件事例でも、税理士は、「同族会社の留保金額に対する税額の計算に関する明細書」の作成を依頼されていましたので、前提として本件特例制度が適用されるか否かを検討せざるを得ませんでした。

    また、実際にも税理士は監査法人の公認会計士が作成した誤った計算をそのまま引き写してはおらず、調査や確認をしたものの、誤りを修正しませんでした。

    このように、例えば公認会計士という税務や会計知識があった人が計算した情報だと言われた場合、情報に間違いはないだろうと考えてしまいがちです。

    しかし、税務申告の業務を依頼されているのは税理士です。

    税理士は依頼されている業務については、依頼者の情報が不適切ではないかも含めて責任をもって自ら調査・確認する必要があることになります。

    仮に検討すべき事項を限定されて依頼者から申告書の作成等を受任した場合は、委任契約書には委任事項を限定した旨の書面を作成し、依頼者の誤った指示を是正することを怠ったと言われないようにしておくほうがよいでしょう。

    2.2 税理士のみが責任を負う場合があること

    裁判所は

    1. ・もともと本件特例の適否について判断するのは税理士の業務であり、税理士が誤りに気づくべきであった。
    2. ・監査法人の行為と税理士の行為との間には依頼者が介在しており、監査法人と税理士は監査する者と監査される側の者との関係にあり共同関係にはない。
    3. ・そのため、税理士の過誤が重大で、監査法人の行為と損害に因果関係がない。

    等として、税理士に対する請求のみを認めました
    (教訓・対策)
    本事例の場合、税理士もまさか監査法人の公認会計士がまさか誤った計算をしたとは思っていませんし、依頼者も監査法人から本件特例制度の適用の余地はないと言われこれを信じていたため本件特例制度の適用はないとの先入観をもった状況です。

    税理士の先生からしてみれば、そもそも監査法人がミスをしたのだから監査法人に責任があるのではないか、と考えられるかと思います。

    しかし、裁判所は監査法人に対する責任を認めず、税理士に対する請求のみを認めています。

    監査法人と共同不法行為にならない以上、損害も税理士側が全部負担するということになります。

    税理士にとっては厳しい判断となりますので、税理士は依頼されている業務については、責任をもって自ら調査・確認するべきでしょう。

    3 まとめ

    今回は、依頼者の指示が不適切であった場合には、税理士は依頼者の説明に従属することなく調査確認しなければならないとされた事例について紹介しました。

    税理士は、委任された事務処理の範囲や方法について、依頼者の指示があれば、原則としてそれに従わなければなりませんが、
    税理士は税務の専門家であることを踏まえ、依頼者の指示が間違っている場合は、自ら積極的に調査確認すべきでしょう。

    税理士が負う「調査・確認義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    関連記事

    運営者

    税理士のための無料メールマガジン
    ページ上部へ戻る