裁判を想定した証拠づくりが紛争予防の近道
―税理士が医療法人の資産総額に関する正しい説明・指導する義務を怠ったと認定された事例

本記事のポイント
  • 税理士が正しい説明・指導を依頼者に行ったか否かに関する裁判所の認定手法
  • 税理士が正しい説明・指導を依頼者に行ったと裁判所に認定してもらうための対策
  • 本稿では、節税目的での医療法人の設立に関する手続の一部を受任した税理士が、節税の観点から、資産総額について依頼者に正しく説明・指導する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったとして、債務不履行に基づく損害賠償責任を負った東京地判平成27年5月28日を解説します。

    先生方は日々の業務の中で依頼者に対し必要な説明・指導を行われていることかと思いますが、実際に上記義務に従って必要な説明・指導を行っていたとしても、このことを客観的に裏付ける証拠がなければ、裁判所はそのとおりに認定してくれません。

    この裁判例は、そうした義務を果たしたと裁判所で認めてもらうためには、普段からどのようなことに気を付ければよいかを考えるきっかけを与えてくれるものとなっています。

    そこで、以下では、裁判例の解説にとどまらず、紛争化した際に税理士として必要な説明や指導を依頼者に行ったと主張し、裁判所にも認めてもらえるようには、普段、どのような取組みをしておけばよいかという点についてもポイントをお示しできればと思います。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    Aは、医療法人Xを設立しようとしていた。

    そして、Aは、顧問税理士Yとの間で、Xの設立手続の一部について委任契約を締結していた。

    ところが、Yは、Xの設立の際の節税の目的に沿った説明や指導を怠ったため、Xは税務上の損害を被った。

    また、YはXの事務用品購入費について経費算入を怠り、Xは税務上の損害を被った。

    そこで、XはYに対し損害賠償請求を行った。

    1.2 経過

    平成14年

  • Aは個人で医院を経営していたところ、顧問税理士Yに当該医院を法人化すべきか相談した。
  • これに対し、Yは法人化した方が節税効果がある旨回答した。
  • そこで、Aは医療法人Xを設立することとし、Yに対し医療法人の設立手続の一部についての事務を委任する契約(「本件契約」)をYと締結した。
  • 平成15年2月17日

  • AはXを資産総額1億74万9000円で設立した。
  • 平成15年3月28日

  • Yは、Xに関する法人設立届出書を作成し、税務署に提出した。
  • 平成15年3月31日の決算期~平成21年3月31日の決算期

  • Yは、この期間のXの年次決算・税務申告手続を行った。
  • Xは、平成15年4月1日から平成17年3月31日までの2期分の消費税として1574万8300円を納付し、法人事業税・法人都民税の均等割分として平成15年2月17日から同年3月31日までは1ヶ月分の2万4100円、同年4月1日から平成21年3月31日までの6年間は各年29万円を納付した(合計納付額176万4100円)。
  • X設立以降、平成21年3月31日までの間、Xの交際費は税務上損金不算入として扱われた。
  • 平成22年1月

  • Aは開業医セミナーに参加した。このとき、参加者のファイナンシャルプランナーから、Xを資産総額1000万円未満で設立していれば、2期分の消費税が免税となったはずである旨の指摘を受けた。
  • 平成22年2月20日

  • Aは、Yに架電し、Xの資産総額を1億74万9000円にした理由を尋ねた。
  • これに対し、Yは、資産総額が1億円を超えると税務署の管轄ではなく、国税の管轄になり、国税の管轄になると、Xの規模の法人には税務調査が入りにくいからである旨回答した。
  • また、加えて、Yは、消費税については、Xは個人経営から法人成りした経緯から、消費税の免除の適用はない旨を説明した。
  • 平成22年2月22日

  • Aは、Yに架電し、税務署に確認したところ、個人と法人は別で関係なく、資産総額1000万円未満で法人を設立すれば、2期分の消費税は払わずに済んだ旨を伝えた。
  • これに対し、Yは、個人医院からの資産は引き継がれる旨と再度国税の管轄と調査の関係であった旨等を回答した。
  • 平成25年2月14日

  • Xは、YがX設立時における節税のための指導を怠ったことによりXに税務上の損害を与え、また、YがXの事務用品購入費について経費算入を怠ったとして、Yに対し、支払済みの税額相当額等の損害賠償の支払を求め、訴訟を提起した。
  • 本訴には、損害保険会社であるZが補助参加した。
  • Y及びZは、平成27年4月2日の口頭弁論期日において、Xの本件契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権について、消滅時効を援用する旨の意思表示を行った。
  • 2 解説:税理士が正しい説明・指導をしたと裁判上も認められるための対策

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の点になります。

    ①依頼者に対する説明・指導の誤りを未然に防止し、誤った場合もすぐに発見できる取組みや体制づくりが重要。
    ②依頼者に正しい説明・指導をしたのであれば、そのことについて客観的な証拠を残しておく。

    裁判所は、本件において税理士が負う義務について、

      認定事実によれば、Xの設立の主な目的は節税であったことが認められ、そうであるとすれば、Aから相談を受け、設立手続の一部に協力する旨の本件契約を締結したYとしては、その目的に沿うよう、Aに対し、資産総額についても正しく説明・指導する義務があったと認められる」

    とした上で、本件において認定される事実からは、Yにかかる義務の違反が認められる旨判示しました。

    (教訓・対策)

    税理士の負う義務内容に関する判示については特段異論を差し挟む余地はないものと考えられます。

    一方で、本件では、Yは、資産総額について正しい説明・指導を行った旨を主張しましたが、客観的な証拠がないこと等から、この主張は認められませんでした。

    また、Yは、Aが「資産総額だけでも他のクリニックに勝ってブランド化したい。」、「設立から2期分の消費税の免税が受けられなくとも、課税される消費税が経費となるならそれでかまわない。」、「運転資金が潤沢にあった方が運営しやすい。」などと述べていたから、資産総額を1億円超としていたのであり、正しい説明・指導をしたにもかかわらず、資産総額を1億円超としたことには理由がある旨も主張しました。

    しかし、平成22年に二度、電話でAから資産総額を1億円超としていた理由について問い質された際、YがこうしたAの発言があったから、資産総額を1億円超としていた旨の弁解を一切しなかった不自然さ等から、この主張も認められませんでした。

    実際に依頼者との面談や打ち合わせの際、税理士が正しい説明・指導を行ったのであれば、例えば、面談等の後、その説明・指導内容の要旨をメールでも依頼者に伝えておくとよいでしょう。

    こうすることで、依頼者から正しい説明・指導がなかったと指摘を受け、裁判になった際に有力な証拠になります。

    加えて、それにとどまらず、このような指摘を受けるリスクも未然に防止できます。

    また、リスクのあるイレギュラーな税務手法を採用したケースにおいて、依頼者と紛争化した後においては、そのような税務手法を採用したことについて税理士側に正当な弁解があり、その弁解を行うにあたっては、例えば、以下のような対策を講じるとよいでしょう。

  • メール等の証拠として形に残る方法でやりとりをする
  • 電話の場合には、録音をする
  • 対面でのやりとりの場合には、録音や録画を行う
  • このようにすることで、税理士が正しい説明・指導を行ったにもかかわらず、その説明や指導の内容とは相反する税務手法が採用されていることについて、その経緯に関するストーリーを裁判所にも説得的に説明することができるようになります。

    以上、税理士が正しい説明・指導を行った場合に、そのことが裁判上も認められるための対策等について説明してきましたが、税理士も人なので、時には説明や指導を誤ることもあるでしょう。

    普段から研鑽を積んでおくことももちろん重要ですが、それでも間違いをゼロにすることは困難なので、複数人で案件に関与するなど、誤りを未然に防止し、誤りが発生した場合であっても、誤りに気付きやすい体制をつくっておくことも重要です。

    3 まとめ

    以上、東京地判平成27年5月28日について解説しました。

    正しい説明や指導を行った場合には、ちゃんとそれをメール等で残しておくことが、依頼者と無用のトラブルを起こさないために有効といえます。

    また、人間なので、いくら日々研鑽を積んでいても、誤った説明や指導をしてしまうこともあるでしょう。

    そういった場合に備えて、チーム制を敷くなどをして、間違いを未然に防いだり、迅速に間違いに気付けたりする体制づくりを行っておくことも重要です。

    こうした対策が不十分とお考えの場合には、本稿が対策を見直すきっかけになりましたら、望外の喜びです。

    税理士が負う「説明・助言義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    関連記事

    運営者

    税理士のための無料メールマガジン
    ページ上部へ戻る