選ぶのは誰?
―複数の選択肢がある場合の税理士の調査義務・説明義務

本記事のポイント
  • 当時の運用基準に照らして、適用されないリスクが高いことを税務当局に確認している場合、税理士の調査義務は尽くされていると認定される場合がある
  • 特例が適用される場合とされない場合の両方の税額及び否認された際のリスクを具体的に説明し、当時の運用基準とは異なる基準に基づけは適用される可能性が高いという私見を述べて判断を委ねた場合、説明義務は果たされているとされる場合がある
  • 相続税の申告にあたっては、様々な控除の制度があることから、その組み合わせにより納付する税額が大きく変わります。

    そして、税額をできる限り抑えたいというのが依頼者の心理であり、特に顧問先の法人に関係するような依頼の場合、依頼者との関係性から、この要望にいかに答えるかがこの先の命運を握っているというような局面もあるでしょう。

    今回は、平成6年改正前の小規模宅地等の特例の適用について、当時の運用基準とは異なる基準とすれば、適用できるという場面での税理士の判断と依頼者対応をみていきます。

    運用基準とは異なる基準による判断は、リスクがあれど、仮に認められたとするとかなりの節税効果が期待できるような場面において、税理士がどこまで判断できるのか、また、結果的に異なる基準でも認められたという場合に、どの程度の説明を尽くせば、依頼者への損害賠償責任を免れることができるのかについて検討します。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    税理士Yは、依頼者Xから、遺産の中に、甲土地と乙土地の2つの土地がある相続の相続税の申告を依頼された。

    甲土地の上には6階部分を被相続人が区分所有、それ以外をA社が保有する建物丙が建っており、乙土地の上には、被相続人が所有する建物丁が建っていた(A社は被相続人及び相続人3人がそれぞれ1/4ずつの株式を有している)。

    税理士Yは、甲土地について小規模宅地等の特例が適用されるか判断がつかなかったことから、国税局や税務署に相談に行ったところ、適用されるとするのは困難であるとの回答を得た。

    そこで、税理士Yは自分だけでは判断することができないと考え、依頼者Xに対し、小規模宅地等の特例の適用に関する実務上の運用基準と税務当局の見解、別の基準に照らせば甲と乙を選択して適用できること、適用した場合甲の方が有利になること及びその税額と、否認された場合のリスクなどを説明し、依頼者Xに判断を委ねた。

    依頼者Xは、これに基づいて、不利であるが、確実に小規模宅地等の特例の適用される乙土地を選択し、申告した。

    その後、運用基準が変わり、結果的に当時甲土地を選択したとしても否認されることはないことがあきらかとなった。

    そこで、依頼者Xは、税理士Yに対し、調査義務・説明義務違反を理由に損害賠償請求をした。

    1.2 経過

    平成3年1月

  • Xは甲土地と乙土地等の相続を開始した。
  • 平成3年7月

  • 相続税を申告したが、その際、小規模宅地等の特例の適用に関して、乙土地を選択して申告した。
  • 平成6年

  • 小規模宅地等の特例改正が行われた。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の3つになります。

    ①判断がつかない事項について、税務当局に確認することで、調査義務が尽くされているとされる場合がある。
    ②実務の現状を説明し、別の基準による結論の違いや、否認のリスクなどを説明し、依頼者の選択に従って申告している場合には、善管注意義務違反はないと判断されることがある。
    ③自らが判断できない事項について依頼者に決定を委ねた点は適切であるとされる場合がある。

    依頼者との契約書の作成方法については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    2.1 税理士の調査義務について

    裁判所は、

    1. ・本件相続当時、各税務署では本件特例の適用の有無について形式基準のみで判断しており、納税者等から相談を受けたときも形式基準のみで回答していたこと
    2. ・そのような実務の取扱いを受けて税理士実務においても形式基準で判断することが一般的であったこと
    3. ・税理士Yは、本件特例の適用の有無について形式基準及び実質基準を検討し、本件X土地は形式基準は満たさないが実質基準を満たすと判断したが、当時の税務署の実務の運用等に照らし、本件X土地が事業用宅地等として認められるのは容易ではないと考え、T国税局やS税務署に相談に行き、形式基準により本件X土地が事業用宅地等と認められるのは困難であるとの回答を得たこと

    を理由として、調査義務違反はないと判断しました。

    (教訓・対策)
    本件は税務当局に確認することで調査義務が尽くされたと判断されていますが、法律論は、見解の対立が存在する場面がよくあります。

    特に、税務の分野は、租税の賦課徴収という公法的な考え方だけでなく、対象となる行為を根拠づける民法などの私法的な考え方や、申告を支える会計学的な考え方など、様々な視点が入り組んでいる領域です。

    したがって、トピックによっては、税務当局に確認するだけでは調査義務を尽くしていないと評価される場合もありますので、ご留意いただければと思います。

    また、理論面とは別に、資料収集の点で調査が尽くされていないと評価される場合もありますので、何をどこまでやるべきかは常に意識するようにしてください。

    税理士が負う「調査・確認義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

    2.2 善管注意義務について

    裁判所は、
    Yは単独では判断することはできないと考え、Xに対し、

    1. ・本件特例の適用に関する実務の取扱い、税務当局との相談結果、甲土地か乙土地のうちどちらかを選択することができること
    2. ・本件X土地について本件特例が適用された場合とされない場合の両方の税額
    3. ・本件X土地を選択しその後税務当局に否認されたときのリスク等を具体的に説明した上、本件X土地は実質基準を満たす旨の自分の意見を述べて、最終的な判断を委ねたこと
    4. ・その結果、本件Y土地を本件特例の適用対象として選択したこと

    を認定し、善管注意義務違反はないとしています。

    (教訓・対策)
    当たり前に思うかもしれませんが、どちらか判断がつかない場合には、可能な限りの選択肢について帰結とリスクを説明する必要があります。

    特に否認のリスクは、具体的な金額をもって説明するようにしてください。

    大切なことは、依頼者に予見可能性を持たせることです。

    2.3 自らが決断できない事項について依頼者に決定を委ねることについて

    裁判所は、

      本件特例の内容や実務の取扱いの現状等を適切に説明し、最終的に委任者である子ないし原告らに本件特例の適用対象を選択するよう求め、委任者の意見に従って申告を行っている

    といった事情をあげ、善管注意義務に違反したとは認めることはできないと判示しています。

    (教訓・対策)
    複数の選択肢が考えられる場合、最終的に一つに定まるのであればそれでよいですが、一つに定めきれない場合には、どうすればよいのでしょうか。

    検討した結果、一つに絞れないのであれば、後は依頼者の決定に委ねるしかありません。

    その場合、「なぜ一つに絞れないのか」、「それぞれの選択肢をとった場合の帰結とリスク」を説明するのは当然ですが、一つに絞れないのであれば、どれにするべきかに言及するのではなく、依頼者の選択を待って、その選択にしたがうことが重要です。

    あくまでも決めるのは依頼者です。

    誘導したとされると、善管注意義務違反の問題になりやすいので、誠実に説明するようにこころがけてください。

    3 まとめ

    選択肢を一つに絞れないときに、最終的な判断を依頼者に委ねるというのは、専門家の側からみれば当然のことのようにも思えますが、最適解がわからないから専門家に依頼していると考えている依頼者が多いです。

    このギャップをいかに埋めるかで、訴訟のリスクが変わります。

    どちらかに選べないというのは、専門家の主観に由来する部分もありますので、あくまでも選ぶのは依頼者であるという自覚をもって説明をするようにしてください。

    関連記事

    運営者

    税理士のための無料メールマガジン
    ページ上部へ戻る