その依頼者共有資料ホントに大丈夫?
―依頼者共有資料の精査や依頼者確認を怠った結果、有価証券売却損の過大計上や買替資産の圧縮記帳漏れ等により多額の法人税等の納付が生じた事例

本記事のポイント
  • 税理士、決算書の作成等にあたり依頼者から提出を受けた資料を確認し、疑義があれば、依頼者に確認すべき委任契約上の注意義務を負う
  • 依頼者の指示を表面的に捉え、建物の圧縮積立金を一切計上しないことは善管注意義務違反を構成する
  • 専門家の作成した決算書類等の誤りを素人である依頼者が発見し是正しなかったからといって、それをもって専門家の落ち度が否定されることはない
  • 本稿では、税理士らが依頼者共有資料の精査や依頼者確認を怠った結果、有価証券売却損の過大計上や買替資産の圧縮記帳漏れ等により依頼者が多額の法人税等を納付せざるを得なくなった事案について税理士らの損害賠償責任を認めた東京地判平成5年12月15日について解説します。

    本判決の判示事項は多岐にわたり、実務上重要なポイントがいくつもあるので、是非原典にあたっていただきたいですが、今回は税理士の先生の日々の業務を行う上でのヒントという切り口から本判決をみていきます。

    本稿の内容は、税理士の先生にとって当たり前のことを言っていると思われるかもしれませんし、もしかすると耳が痛くなるような内容かもしれません。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    Y1社(非税理士法人)は、X社から昭和63事業年度の決算書類の作成等を依頼され、法人税の確定申告等を税理士Y2に代行させましたが、誤って有価証券売却損を過大に計上してしまった。
    その結果、買替資産の圧縮記帳を行うことができず、X社は多額の法人税等を納付せざるを得なくなった。
    そこで、X社は、債務不履行を理由としてX社と委任契約関係にあったY1社に対し、また、不法行為を理由として税理士Y2及びY1の代表者Y3に対し、1億円及び遅延損害金の損害賠償を請求し、裁判所は3089万3580円の限度でこれを認容した。

    1.2 経過

    昭和62年1月1日~同年12月31日(昭和62事業年度)

  • X社は、昭和62事業年度に事業用不動産を11億5960万円で売却した
  • 昭和63年1月1日~同年12月31日(昭和63事業年度)

  • X社は、翌事業年度にその代金全額をもって買換資産の取得に充て、かつ取得後1年以内にX社の事業の用に供する見込みであったため、その対価の額に差益割合0.944と課税繰延割合80%を乗じた8億7572万9920円を、確定した決算で、圧縮金額として買換資産特別勘定(損金)に組み入れ、翌事業年度に課税を繰り延べていた(租税特別措置法65条の8第1項)。
  • X社は、昭和63事業年度に買換不動産として5億7979万7308円で土地を、4億9400万2692円で建物を取得した。
  • 平成元年

  • X社は、Y1社(非税理士法人)に対し、X社の昭和63事業年度の決算書類の作成及び法人税申告書の作成に必要な計算処理を行うこと、並びに適当な税理士に税務申告手続を代行させることを委任した。
  • ところが、昭和63事業年度の法人税の確定申告において、Y1社は、下記①~⑤のとおり、有価証券残高の計上漏れ等から有価証券売却損を3億6164万3213円と過大に計上してしまった。
  • ①X社の保有する株式銘柄のうち10銘柄について、計1億6061万3072円の有価証券残高の計上漏れ
    ②2銘柄について、総平均法による原価法によらずに計算したため、計1153万2525円の期末残高の過小評価が発生
    ③4銘柄について、総平均法による原価法によらずに計算したため、計482万1785円の期末残高の過大評価が発生
    ④8銘柄について、当初申告額と総平均法による原価法に基づく評価額とを対比し、修正申告に際し、低価法を採用したため、計1818万7553円の下方修正がなされた。
    ⑤ 昭和63年12月に売却し、入金が平成元年1月になった5銘柄について、発生主義の会計原則から昭和63事業年度に有価証券売却損を未収金として計上すべきにもかかわらず、計6200万4822円の未収金の計上漏れ。

  • その一方で、上記の買換資産のうち、土地の圧縮可能限度額である4億3767万1882円のみを圧縮積立金積立額として確定した決算で損金処理し、その結果、当期の取得金額を1107万0894円と計算していた。
  • その後、X社は税務調査を受け、有価証券の評価額を適正に算定し、期末の有価証券残高を3億6164万3213円から4億9467万3737円に修正するなどした。その結果、1億4913万6259円有価証券売却損が減少し、その他、諸々の修正も含めると、合計で1億8045万3921円の増差所得が発生した。
  • 一方で、圧縮積立金の積立ては確定決算で経理することが要件とされているため、その額を修正することができない。
  • そのため、X社は、当初の申告所得額1107万0894円に上記増差所得1億8045万3921円を加えた計1億9152万4815円を当期の所得として修正申告することになった。
  • その結果、X社は、法人税7872万9400円、都民税1642万2400円及び事業税3921万0200円の計1億1793万9600円を納付することとなった。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の3つになります。

    ①受任者は、決算書の作成等にあたり依頼者から提出を受けた資料を確認し、疑義があれば、依頼者に確認すべき委任契約上の注意義務を負う。
    ②依頼者の指示を表面的に捉え、建物の圧縮積立金を一切計上しないことは善管注意義務違反を構成する。
    ③専門家の作成した決算書類等の誤りを素人である依頼者が発見し是正しなかったからといって、それをもって専門家の落ち度が否定されることはない。

    2.1 税理士は、決算書の作成等にあたり依頼者から提出を受けた資料を確認し、疑義があれば、依頼者に確認すべき委任契約上の注意義務を負う

    Y1社は、Xから提出を受けた有価証券残高に関する資料の記載内容を精査することなく、漫然と未収金の存在を見落としたまま決算書の作成等を行い、その結果、前述のとおり、有価証券売却損を過大に計上することになりました。

    この点について、裁判所は、

      Y1社は、昭和63年12月末日現在右10銘柄の株式の記載がある旨の株式取引明細表をX社から送付されて、かつ、証券会社の株式売買報告書の写しの送付も受けていたのであるから、これらの資料に基づき、疑義があればさらにX社に問い合わせるなどして、正確な有価証券売買の損益を計算することが可能であったし、いやしくもY1社の義務として決算書類の作成及び法人税申告事務等の委任を受けていた以上、そうすべき委任契約上の注意義務を負っていたというべきである。

    と判示しました。

    本件には、依頼者Xと委任契約を交わしていたのが非税理法人であるY1社であったという特殊性はありますが、税理士は税務の専門家である以上、この判示は税理士が依頼者から委任を受ける場合においても、当然に妥当するものと考えられます。

    (教訓・対策)
    上記の判示で示された受任者の義務は、①依頼者から提供を受けた資料の内容に問題がないかを確認すべき義務②確認の結果、疑義がある場合には、依頼者に確認し、疑義をなくすべき義務とに整理することができます。

    したがって、資料の確認が不十分なものであり、資料の不備や誤り等を見落とした場合も、また、不備等の存在に気付いていながら、依頼者に確認もせず、不備等のある資料に依拠して決算書の作成等を進めた場合も債務不履行になります。

    いやしくも依頼者から委任を受けて任に当たっている以上、依頼者から提供を受けた資料の内容に問題がないかを確認し、その内容に疑義があれば、依頼者に確認し、疑義をなくすよう努めるのは当然のことであって、裁判所は至極真っ当な判断を行ったといえます。

    依頼者から提供を受けた資料を鵜呑みにせず、プロとしての矜持をもって、きちんと内容を精査した上で、不明点や誤り等があれば、依頼者に確認して解消するようにしましょう。

    2.2 依頼者の指示を表面的に捉え、建物の圧縮積立金を一切計上しないことは善管注意義務違反を構成する

    Yらは、前述のとおり、買換資産である土地・建物のうち、土地の圧縮可能限度額である4億3767万1882円のみを圧縮積立金積立額として確定した決算で損金処理し、建物については損金処理を行いませんでした。

    その結果、圧縮積立金の積立ては確定決算で経理することが要件とされているため、圧縮積立金積立額を修正することができなくなってしまいました。

    Yらがこのような処理をしたのには、YらがX社の指示を表面的に捉え、X社がYらに土地のみを圧縮の対象とし、建物は一切圧縮の対象としなくてよいとの指示を思い込んでいたという事情があります。

    この点、裁判所は、

      証拠全体としては、昭和63事業年度の納税額を零にするための決算書の作成とそれに基づく税務申告をY1社に求める趣旨のものであったことが容易に読み取れるものであり、Y3が述べる電話での指示も、無条件で建物を圧縮対象としないというものであったとは考え難い

    とした上で、

      誤って有価証券売却損を過大に計上し、建物の圧縮積立金を全く計上せず、X社が多額の法人税等を納付せざるを得ない結果を招いたことは、本件委任契約上のY1社に課せられた善管注意義務に違反した債務不履行にあたるというべきである

    と判示しました。

    この判示も税理士にも妥当するものと考えられます。

    (教訓・対策)

    ここでも依頼者の指示内容に疑義があれば、曖昧なままにするのではなく、依頼者に確認すべきであるということがいえます。

    また、依頼者が真に求めていることは何かを考えていれば、本件のように依頼者の指示を表面的に捉え、建物をすべて圧縮の対象から外すといった機械的な処理をすることは避けられたはずです。

    この判決からは、依頼者の指示を表面的に捉えるのではなく、依頼者が真に求めることは何かを考え、その中で不明点等があれば、依頼者に確認し、不明点等を解消することが重要であるという教訓が得られます。

    2.3 専門家の作成した決算書類等の誤りを素人である依頼者が発見し是正しなかったからといって、それをもって専門家の落ち度が否定されることはない

    Yらは、X社が確定申告書を確認すれば、有価証券の計上漏れを発見して、期限内に申告のやり直しをすることが可能であったのに、これをしなかったので、Yらに落ち度はないと主張しています。

    これに対し、裁判所は、

      仮にそうしたことが時間的に可能であったとしても、専門家の作成した決算書類と税務申告書の誤りを素人である原告が発見し是正しなかったことを非難はできず、被告らの責任を否定するべき事由とならないことは論ずるまでもない

    などと判示しています。

    (教訓・対策)

    これも当然のことを言っているに過ぎません。

    専門家たる以上、自身の作成した成果物に責任を持つべきであり、それを素人である依頼者に転嫁することがあってはなりません。

    3 まとめ

    本件は直接の受任者が非税理士法人という特殊性はありますが(本件は税理士法違反も論ずる余地があります)、税理士の先生にとっても無関係ではありません。

    本判決の判示事項は多岐にわたりますが、税理士の先生の業務遂行上の教訓という観点では、依頼者の言っていることや依頼者から提供された資料等を鵜呑みにするのではなく、プロとしての目線から問題がないかをチェックし、問題があれば、依頼者にきちんと確認して、問題を解消すべき義務があると判示したことが重要です。

    特に忙しいときはこの辺を疎かにしたくなるかもしれませんが、そこは踏ん張って、プロとして、必要なことは抜かりなく行うようにしましょう。

    なお、本判決では、前述の圧縮記帳漏れによりX社が被った損害額についても判示しています。

    具体的には、

      圧縮記帳が税を最終的に減免するものではなく、課税の延期の手段に過ぎないことを理由に、X社の損害はX社が納付した法人税額等ではなく、圧縮記帳をしなかったためX社が実際に申告・納付した税額から圧縮記帳をしたと仮定した場合にその後法定償却期間を通じて増加する法人税等の総計(ただし、損害発生時である実際の納付時を基準とすべきであるから、中間利息を控除する)を控除した金額をもってX社の損害とするのが相当である

    と判示しており、この点も実務上重要であり、参考になります。

    さらに、本判決では、X社が不完全な資料をYらに提供したことや、建物はすべて圧縮の対象にしなくてよいとの誤解を招きかねないような紛らわしい指示をしていたことを理由に、X社に5割の過失を認め、過失相殺がなされており、この点も実務上参考になります。

    過失相殺の考え方については、下記記事でも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

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