備えあれば憂いなし!
―税理士の納税者に対する損害賠償債務の免責合意の有効性を認めた事例

本記事のポイント
  • 債務免除の意思表示は、その債務が発生する可能性を認識していれば可能であること
  • 納税者の代理人が確定申告の処理に関して全般的な代理権が与えられている場合、その処理に伴って納税者が税理士に対して取得した損害賠償請求権の処分についても、その代理権の範囲に含まれる
  • 納税者の後見人がした取引行為によって後見人の立場や面子が保たれたとしても、それだけでは利益相反取引には当たらない
  • 税理士の先生方には、日々の業務を行う中で、依頼者の利益を実現するためには一定のリスクのある税務手法をとらなければならない局面もあるかと思います。

    そのような場合に誰しも事前に責任を負わないようにしておきたいものです。
    そこで、本稿では、税理士の納税者に対する損害賠償債務を免責する誓約書の有効性をめぐって争われた裁判例がありますので、紹介したいと思います。
    本稿を読むことで、税理士の納税者に対する損害賠償債務を免責する誓約書を有効に取り交わすためのヒントが得られます。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要

    亡Aの子であり代理人であるCは、Aの子であるX1~Ⅹ5(以下「Ⅹら」という。)の依頼を受け、税理士事務所の事務職員Y4を通じて、昭和59年から昭和63年の間は税理士Y1に、平成元年から平成5年の間は税理士Y2に、平成6年から平成7年の間は税理士Y3にAの所得税確定申告手続を依頼した。
    そして、Y1、Y2、Y3(以下、「Yら」という。)はともに、不動産所得の計算上、減価償却費を法令上の限度額よりも少額に算入して税務申告した。
    そこで、Xらは、Yらに対し、かかる処理により税の過納付が生じたなどと主張して、過納付額と遅延損害金を損害として、不法行為に基づく損害賠償請求を行った。
    なお、Aより財産管理等を任されていたCは、Yらに対し、平成9年と平成13年の二度にわたり、XらからYらに苦情や損害賠償請求などの動きが出るのを危惧して、免責の誓約書を交付するなどしていた(以下、これらの誓約書を「平成9年誓約書」、「平成13年誓約書」という。)。

    1.2 経過

    昭和59年3月

  • Aは、A所有の土地に賃貸用マンション(以下「本件マンション」という。)を建設し、その居室を賃貸し、Cやその配偶者であるY5に不動産賃貸業を運営させていた。
  • なお、Aは、昭和59年以降、統合失調症の子X2と本件マンションで同居していた。
  • AとCは話し合って、Ⅹ2の統合失調症への対策として、X2に自分で稼いでいるという自信を持たせるため、Cは本件マンションの賃料収入からX2の給与を出す方法がないか税理士事務所の事務職員であるY4に相談した。
  • すると、Y4は、定率法による申告では当初の減価償却額が多くて利益が少なくなりすぎ、X2に対する青色事業専従者給与を税務署が否認することが予測されるため、定額法による申告をするようCにアドバイスした。
  • 昭和59年7月~平成8年

  • Cは、①本件マンションの償却につき定額法を採用し、かつ、②建物附属設備につき、建物本体と区分した短い耐用年数を適用せず、本件マンションと一括して長期の耐用年数を適用するという処理方法(以下「本件処理」という。)で、Y4を通じて、昭和59年分から昭和63年分まではY1に、平成元年から平成5年分まではY2に、平成6年から平成7年分まではY3に確定申告書の作成を依頼し、確定申告を行った。
  • Aの所得税については、昭和60年分以後の所得税申告から青色申告書を提出することにつき所轄の税務署長の承認があり、昭和59年12月19日には、所轄の税務署長に対し、X2を青色事業専従者として毎月20万円の給料と毎年6月に30万円、12月に4万円の賞与を支払う旨等を記載した書類が提出された。
  • 昭和60年3月15日には、所轄の税務署長に対し、本件マンションの償却方法を昭和59年分において採用した定額法から定率法に変更したい旨の申請がなされ、その承認がなされた。
  • 平成8年

  • Ⅹ2の容態が悪くなり、青色事業専従者給与の取得が困難となった。また、本件マンションの賃料収入が減少した。これらの事情から、Y4はCに対し、多額の償却が可能な定率法の方が適当であるというアドバイスをした。そこで、Cはこれに従い、3月15日に、税務署に対し、定率法で申告する届出をした。その後、Aの所得税確定申告は定率法で行われるようになった。
  • また、11月頃、CとXらは、Aの痴呆が進行していたことから、Aの財産状況について認識を擦り合わせるための会合を開いた。その際、Cは、Xらに対しAの昭和59年度から平成7年度までの確定申告書の控えを開示し、Xらから過納付がある旨の指摘を受けた。
  • その後もCとXらは数回にわたり会合を開き、Xらは同様の指摘を繰り返した。
  • CはY4に説明を求め、Y4は「A様申告について回答致します。」と題する書面(以下「本件書面」という。)をもって本件処理の理由をCに次のとおり説明した。
  • (1)償却対象物として本件マンションとその他の設備を分けなかったのは、調査時にX2の専従者給与との取引材料とするためであったこと

    (2)本件マンションの賃料収入からY5とX2二人分の給与を支給することには非常に無
    理があり、将来的に一人分の給与が否認される見込みが強かったので、税務署内の内容調査の対象となることを免れるため、先に出している定率償却を無視して定額償却申告をする手段を講じる必要があったこと

    (3)定率法・定額法のいずれもその償却期間は住宅60年、店舗47年であるので、どちらを採用しても前に償却を持ってくるか、平均で償却するかの問題であるから損得は生じないこと

  • Cは、Y4のかかる説明を正当なものであると判断した。他方で、Cは、本件書面をXらにも交付したが、Xらは上記説明に納得しなかった。
  • 12月24日頃の会合において、Ⅹ1は、定額法による場合と定率法による場合とでどれくらいの差額が生じるかについて具体的な金額を算出した表をCに示し、Yらに対して全額の保証を求める、Yらに対する損害賠償請求訴訟も視野に入れて臨むなどの対応策の案を提示するなどした。
  • 平成9年3月21日

  • Ⅹ1は、東京税理士会に対し、本件処理の方法と本件書面の内容の相当性について、審査のうえ、しかるべき措置をとることを求める申出をした。
  • これに対し、Cは、Yらの法的責任を回避するため、平成9年誓約書を作成し、7月1日、これを東京税理士会に提出した。
  • 東京税理士会は、親族間の話合いで解決することを求める回答をⅩ1に発し、Yらに対し特段の措置はとらなかった。
  • 平成9年6月27日

  • Xらは、Cを相手方として、上記確定申告の事後処理についてXらの提案を受け入れるよう弁護士会の仲裁センターに仲裁の申立てを行った。
  • 平成9年9月頃

  • Xらは、X3をAの後見人とすることによって上記確定申告の事後処理を直接行う目的のもと、東京家庭裁判所に対し、Aの禁治産宣言及び後見人選任の申立てを行い、平成11年4月2日にAを禁治産者とする審判を受け、Cが後見人に選任された。
  • 平成10年1月

  • Xらは、家事調停の申立てを行った。
  • 平成12年

  • Xらは、CによるAに対する損害放置を抑止する目的のもとに東京家庭裁判所に対し、後見事務の監督に関する処分の申立てを行った。
  • 平成13年

  • Cは、税務署から修正申告をするよう呼出しを受け、それに応じて修正申告をし、加算税等を含めて300万円以上を納付した。
  • その際、Cは、この修正申告を契機としてXらからYらに対し、更なる追及がなされることを懸念し、Aの後見人としてYらがAに対する損害賠償責任を負わないことを改めて確認する趣旨で、Yらに対し、平成13年誓約書を交付した。
  • 5月8日、Aは死亡した。
  • 2 解説

    本判決の争点として判断された内容は多くありますが、特に参考にすべきポイントは以下の3つになります。

    ①債務免除の意思表示を有効になし得るために要求される認識の程度
    ②確定申告の処理に関する代理権の範囲
    ③後見人による債務免除の意思表示の利益相反取引該当性

    2.1 債務免除の意思表示をするために必要な認識の程度

    本件では、Cが、Xらから税理士Y1らに対し損害賠償請求などの法的請求を行う動きが出るのを危惧して、あらかじめXらを代理して、Y1らの責任を免除する旨の誓約書をXらとY1との間で取り交わしていました。

    もっとも、誓約書を取り交わした時点では、現実にXらがY1らに損害賠償請求などをしていたわけではありませんので、具体的にY1らがXらに債務を負っていない段階での債務免除の意思表示が有効となるか否かが重要なポイントとなってきます。

    この点、裁判所は、

      債務免除の意思表示を有効になし得るために要求される認識の程度として、必ずしも債務の存在を確定的に認識していなくとも、本件処理によって少なくとも数額的には税金の過払いが生じていたこと及びそれが法的に損害と評価され得るものであるという程度の債務発生の可能性に対する認識があれば足りる

    と判示しました。

    (教訓・対策)

    かかる判示に基づけば、現に納税者から損害賠償請求がなされていなくとも、リスクマネジメントとして、納税者との間であらかじめ免責の約束を取り付けておくことが認められているといえます。

    納税者との間で紛争が発生してからでは、納税者から免責の約束を取り付けることは困難です。

    本判決は事例判断ではありますが、納税者のトータル的な利益を実現するため、リスキーな税務手法を採用した場合には、その段階で納税者との間であらかじめ免責の約束を取り付けておくとよいでしょう。

    2.2 確定申告の処理に関する代理権の範囲

    本件では、税理士Y1らがXらに対して負う債務を免除する旨の意思表示は、CがXらを代理して行われました。

    この点、このような債務免除の意思表示は、本人にとって不利な行為であるため、代理人の代理権の範囲に含まれるか疑義があります。

    これに対し、本件では、裁判所は、

      納税者の代理人が確定申告の処理に関して包括的な代理権が与えられている場合、その処理に伴って納税者が税理士に対して取得した損害賠償請求権の処分についても、その代理権の範囲に含まれる

    と判示しました。

    (教訓・対策)

    本判決は代理人が納税者に代わって税理士の免責について決定できる可能性を示しましたが、逆に代理権の範囲が細かく指定されている場合は、税理士に対する損害賠償請求権の処分が代理人に認められない可能性もあります。

    免責は納税者の権利を失わせるという意味で納税者にとって不利な行為に当たるため、代理人がそのような不利な行為をすることが制限されている可能性は十分にあります。

    したがって、債務免除の約束を代理人から取り付けるにあたっては、代理人の代理権の範囲を確認することが必要です。

    2.3 後見人による債務免除の意思表示の利益相反取引該当性

    Xらは、Cが税理士の免責によって自身の立場や面子といった利益を保護することになるため、Cによる債務免除の意思表示は利益相反取引に当たり、無効である旨を主張しました。

    これに対し、裁判所は、

      利益相反取引を「被後見人にとって不利益であると同時に後見人にとって法律的ないし経済的に利益になる行為」と定義したうえで、後見人でもあるCは法律的経済的利益を獲得しないことを理由に、Cによる債務免除の意思表示は利益相反取引に該当しない

    と判示しました。

    (教訓・対策)

    本判決によれば、このように利益相反取引に該当するためには、行為者が利益相反取引によって法律的経済的利益を獲得するといえることが必要であり、本件でXらが主張するような行為者の立場や面子のような事実上の利益を利益相反取引によって保持・獲得することになったとしても、Cによる債務免除の意思表示は利益相反取引には当たりません。

    逆に、後見人が債務免除の意思表示によって、税理士がその後見人に何らかの経済的な便宜を提供してしまうと(例えば、後見人自身の税理士に対する税務相談料が無料になるなど)、利益相反取引に該当してしまう可能性があるので、この辺の線引きはきちんとした方がよいでしょう。

    3 まとめ

    今回紹介した裁判例では、代理人が行った税理士の依頼者に対する損害賠償債務の免除の意思表示を有効と判断しました。

    本件は事例判断ではありますが、リスキーな税務手法を採用せざるを得ない局面においては、あらかじめ納税者との間で免責の約束を取り付けておくことが有用といえるでしょう。

    また、納税者や依頼者との間に代理人が入ることもしばしばあることです。
    代理人との間で免責の約束を取り交わす際は、免責は納税者の権利を失わせるという意味で納税者にとって不利な行為には当たりますので、代理権の範囲に免責の約束を取り交わす権限が含まれているかどうかも確認した方がよいでしょう。

    なお、本稿では、業務実施段階でのリスクの予防策をテーマとして扱いましたが、以下では、受任時にリスクを予防する策を取り扱っておりますので、併せてご参照ください。

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