相続の選択(単純承認・限定承認・放棄)の撤回・取消・無効等
以前、相続に対する相続人の選択(相続の単純承認・限定承認・放棄)についての記事やその選択の熟慮期間についての記事を書きました。
今回は、その相続の選択について、ミス等があった場合に撤回や取消等、やり直しができるのかという点を解説していきたいと思います。税理士の先生にお客様が相談に来た際に、すでに相続の選択をしてしまっており、有効な対策が講じることができない場合等に関連してきますので、是非、お読みいただければと思います。
1 復習ー相続の選択とは
まず、相続の選択を以前書いた記事から引用すると
相続人は、相続の開始があった場合、上記の通り、3つの態度をとることができます。これを民法の条文で確認することにします。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
民法第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。はい。この条文の1項本文が言うように、相続人は、相続の「単純承認」、「限定承認」、「放棄」のいずれかを選択することになります。
相続の「単純承認」、「限定承認」、「放棄」のそれぞれの内容は元記事をご覧ください。
2 相続の単純承認・限定承認・放棄のやりなおし!?
まず、条文から見ていきましょう。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第919条 相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第2項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
2.1 単純承認・限定承認・放棄の撤回!?
上記の民法919条第1項を見ていただくとお分かりの通り、相続の承認(単純承認・限定承認)・放棄をした場合は、熟慮期間である3か月(第915条第1項)の期間内であっても、撤回できないとされています。
この撤回とは、相続人が「やっぱり判断を変えよう!」と思い、選択をやり直すことを言います。つまり、民法919条第1項では、一度相続の選択をした以上は、勝手にそれをやり直したり、撤回したりすることはできないとしているのです。
2.2 単純承認・限定承認・放棄の取消・無効等
自由に撤回はできないとしても、上記の民法919条2項を見ると、「取消し」は認めるという規定があります。これはどういう意味かというと、相続の単純承認・限定承認・放棄も相続人の意思表示である以上は、その意思表示に適用される規定を利用して、その取消しを主張できることを確認しているのです。
また、意思表示が「無効」になる規定についても、意思表示である以上、適用されます。無効については民法919条では規定されていませんが、無効な意思表示は特に規定する必要もなく無効であるのであえて規定していないということです(意思表示の取消や無効についてはこちらの記事を参照)。
最も争いになりやすいが、上記の意思表示に関連する記事の「錯誤」です。単なる動機の錯誤がある場合や勘違いをしたことについて、重大な過失がある場合には錯誤に基づく無効主張は認められませんので、注意が必要です。
また、取消しの権利については、相続関係の早期安定という目的から民法919条第3項により、追認が可能になった時から6か月で時効で消滅し、追認が可能とならなかった場合でも、単純承認・限定承認・放棄の時から10年の除斥期間の経過で消滅します。なお、「追認可能時」や「除斥期間」という言葉について、馴染みのない税理士の先生もいらっしゃるかと思いますが、今回は本論とズレてしまうため、それはまた別記事で解説します。
3 法定単純承認に要注意!
この中でも、特にご注意いただきたいのは、実は「単純承認」の場合です。もちろん、誤解や錯誤によって限定承認や放棄をしてしまう場合もあるのですが、法的手続きを経るため、ある程度、相続人の方も調査をしたり、慎重に判断される場合が多いです。
しかし、「相続の単純承認・限定承認・放棄とは!?」という記事でも書いたように、「単純承認」では、法的な手続きを特にすることなく「単純承認」をしたとみなされてしまう「法定単純承認」というものがあります(実務上はほとんどこれです。)。
民法 第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 ・・・省略・・・
三 ・・・省略・・・
この「一」号の「処分」に気をつけてください。相続人が気がつかない間にしてしまっているおそれがあります。
よくある例として、被相続人(死んだ人)の銀行預金口座の凍結を解除してする場合等に、銀行が遺産分割協議書の提出を求めてくる銀行もあります。
相続人の間では、とりあえず、口座から葬儀代等を引き出すために遺産分割協議書を形だけの意図(後に遺産分割協議をちゃんとやるけど、とりあえずお金が必要なので形だけ作っておこうという意図)で作成し、提出してしまうことがあります。
遺産分割の合意は、原則として、上記の「処分」にあたりますので、単純承認がなされたものとされるおそれがあります。
確かに上記の意図で作成された分割協議書は、相続人がとりあえず形だけで作成したものであり、真意に基づくものではないと証明できれば、無効等を理由に相続の放棄等の他の選択をし直すということは可能である場合もありますが、それを裁判で証明することはそこまで簡単なことではありません。その後に、他の相続人と争い等生じていれば、自己に有利な証言等を得られない可能性もあります。
また、被相続人が負っていた債務(借金等)が、口座を開設していた銀行、つまり遺産分割協議書を提出した銀行であることも多く、この銀行から相続の放棄が単純承認後になされたものであり、無効である旨主張されるおそれも強いのです。
ですので、もし銀行から口座の凍結解除のために遺産分割協議書の提出を求められた場合にでは、「相続人全員の同意書」で解除してもらうように要求してみましょう。この要求は応じてくれる場合が多いです。ただし、この同意書の中身についても、その同意の目的を「葬儀費用を引き出すため」等の目的を限定する文言を入れておくことをお勧めします。この同意書で、自由にすべての金銭を処分する権限を誰かに与えたとなってしまうとそれも「処分」となるおそれが一定数ありますので、ご注意ください。
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