贈与契約の取消し・解除・解約〜贈与の法務と税務③〜

今回は、贈与契約シリーズの第3弾の記事として、贈与契約の取消しや解除があった場合等、贈与契約が契約後になくなった際の法務と税務について、解説したいと思います。
やや特殊なケースになりますが、意外と税理士の先生から質問を受けることも多いので、是非ご参考にしてください。
【目次】
1 民事上の取消し・解除・解約の種類と効果
まず、贈与契約後、贈与契約がなかったものとされる場合としては、いわゆる①「法定取消し・法定解除」というパターンと②合意解除・解約というパターンがあります。
1.1 ①「法定取消し・法定解除」
それでは、法定取消しと法定解除について、少し詳しく見ていきましょう。
◯法定取消し
法律で定められた一定事項が生じた場合に契約の無効や取消しを主張することをここでは、法定取消しと呼んでいます。既にこのサイトでも解説している契約の有効要件に関するものなどがこれにあたります。
◯詐欺・脅迫(民法96条)
◯未成年者の法律行為(民法5条)等
があります。
錯誤は現在民法の規定上は、無効とされているのが実質的に取消しに近いということでここに入れております。今回の民法改正で、規定上も「取消し」になる予定です。
(取消しの効果)
第121条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
そして、この法定取消しがあるとその契約は、契約時よりなかったものとして扱われることになります。これを、「遡及的無効」と呼んだりします。
◯法定解除
法定解除とは、契約の相手が約束を守らないという債務の不履行を根拠として、契約を解除する場合をいいます。この法定解除の代表的な条文を上げると
(履行遅滞等による解除権)
民法541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
民法543条 履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
があります。民法541条は、契約の相手が約束の期間が過ぎても、債務の履行をしてくれない場合のものであり、民法543条は、契約後に、債務者の落ち度で、債務を履行できなくなった場合をいいます。
次に法定解除の効果です。
条文上、直接の規定はありませんが、判例や学説の通説は、契約の法定解除がなされるとその契約は、契約時にさかのぼって消滅するとしています(直接効果説)。なので、この場合も、上記の法定取消しと同様、契約は、「遡及的無効」となります。
1.2 ②「合意解除・解約」
こちらは、贈与契約の成立後、当事者の合意によって、契約の内容をなかったことにしましょうという合意をして、契約関係を終了させるものです。
契約をしたのだけれとも、やっぱりなかったことにしましょうという実務上はよくある話です。
この合意解除・解約の効果ですが、民事上の解釈としては、新たな契約があったというように考えることになるでしょう。一部の学者の先生には、合意解除・解約も、遡及的無効にすることができるという方もいらっしゃいますが、当事者の合意で、最初から契約がなかったことにできるというのは、何とも違和感がありますし、おそらくここで言ってる遡及的というのは、当事者間でそういう効果にしましょうというその時点での約束の効果で、法定解除の場合の「遡及効」とは意味が異なるように思います。
1.3 取消し・解除・解約の効果まとめ
以上をまとめると、①「法定取消し・法定解除」の効果と②「合意解除・解約」の効果は上記のようになります。
2 税務上の扱い
次に、贈与契約の取消し・解除・解約があった場合の税務上の扱いを、上記の民事上の効果を前提に見ていきましょう。
2.1 ①「法定取消し・法定解除」
贈与契約について、法定取消し・法定解除がされ場合には、民事上、贈与契約は契約時に遡ってなかったことになるのは上述の通りです。とすれば、契約はそもそもないのですから、贈与税等についても発生しないということになります。既に申告をしてしまっていれば、更正の請求ができるということになります。
ただし、以下の課税実務上は、通達があります。
ー昭和39年5月23日直審(資)22・直資68
8 贈与契約が法定取消権又は法定解除権に基づいて取り消され、又は解除されその旨の申出があった場合においては、その取り消され、又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に変更したことその他により確認された場合に限り、その贈与はなかったものとして取り扱う。
つまり、贈与契約により既に不動産等の名義(登記)変更が行われている場合には、法定取消しや解除がなされても、名義等を元に戻しておかないと税務上は、贈与をなかったものとしては扱わないですよということを言っています。確かに、法定取消しや解除があったか否かについては、外部から判断するのは容易ではありませんし、課税実務上このように規定している意味もわかります。
ただし、民事上は契約はなかったのですし、登記は契約相手の協力も必要になってきて、簡単にできないケースもままあります。通達はあくまでも通達です(通達の法的性質に関する記事)。ですので、税理士の先生としては、税務調査等で、「この通達によって贈与がなかったと扱わない」と調査官に言われた場合、事案に応じて、民事上の効果から反論し、贈与はなかったものとして扱ってもらうよう主張すべきかと思います。
2.2 ②「合意解除・解約」
贈与契約自体についての課税関係
民事上の解釈からすると、「合意解除・解約」があった場合には、契約時の贈与契約はなかったことにはなりませんので、原則として、贈与税等の課税関係は残ったままというのが論理的になります。
ただし、課税実務上は、かなり例外的な場合に限定していますが、一定の場合には贈与をないものと扱うとされているケースもあります。
—昭和39年7月4日直審(資)34・直資103
4・・・省略・・・贈与契約が合意により取り消され、又は解除された場合においても、原則として、当該贈与契約に係る財産の価額は、贈与税の課税価格に算入するのであるが、当事者の合意による取消し又は解除が次に掲げる事由のいずれにも該当しているときは、税務署長において当該贈与契約に係る財産の価額を贈与税の課税価格に算入することが著しく負担の公平を害する結果となると認める場合に限り、当該贈与はなかったものとして取り扱うことができるものとする。
(1) 贈与契約の取消し又は解除が当該贈与のあった日の属する年分の贈与税の申告書の提出期限までに行われたものであり、かつ、その取消し又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を変更したこと等により確認できること。
(2) 贈与契約に係る財産が、受贈者によって処分され、若しくは担保物件その他の財産権の目的とされ、又は受贈者の租税その他の債務に関して差押えその他の処分の目的とされていないこと。
(3) 当該贈与契約に係る財産について贈与者又は受贈者が譲渡所得又は非課税貯蓄等に関する所得税その他の租税の申告又は届出をしていないこと。
(4) 当該贈与契約に係る財産の受贈者が当該財産の果実を収受していないこと、又は収受している場合には、その果実を贈与者に引き渡していること。
つまりは、申告期限前の解約であり、名義等を含めて、客観的に贈与契約により便益を受けていない場合には、税務署長の判断により、なかったこととしてあげても良いよ!?という規定になります。このような規定が租税法律主義と合法性の原則との兼ね合いでどうなのかという問題はあります。ただ、調査の場面で利用できそうなら知っておいて損はないと思いますので、ご紹介しました。
解除の合意についての課税関係
民事上的にはいうと、合意解除がされた場合、最初の贈与契約の存在について、もう一度財産を戻すという合意があったと評価されます。なので、理論上は、この合意解除の合意を持って、もう一度、贈与があったと評価されることになります。そうすると、理論的には、解除の合意により、返還を受けた者に新たに贈与税課税がなされるということになりかねません。
しかし、ここでもう一度課税されるというは明らかに違和感がありますよね。
「通達はあくまでも通達」と申し上げておきながら、多少、心苦しさを感じますが、この点について、課税実務上は、下記の通達で贈与として取り扱わないものとされており、助かります。
ー昭和39年5月23日直審(資)22・直資68
(贈与契約の取消し等による財産の名義変更の取扱い)
12 贈与契約の取消し、又は解除により当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に名義変更した場合の当該名義変更については、「8」から「11」までにより当該贈与がなかったものとされるかどうかにかかわらず、贈与として取り扱わない。
3 まとめ
以上が、贈与契約の取消し・解除・解約があった場合の法務と税務になります。この部分は法務の理解と税務の理解が、交わる複雑な部分でもありますので、あえて解説させていただきました。調査等の反論方法等にもご活用いただければ幸いです。


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