贈与契約の取消し・解除・解約〜贈与の法務と税務③〜

今回は、贈与契約シリーズの第3弾の記事として、贈与契約の取消しや解除があった場合等、贈与契約が契約後になくなった際の法務と税務について、解説したいと思います。
やや特殊なケースになりますが、意外と税理士の先生から質問を受けることも多いので、是非ご参考にしてください。

1 民事上の取消し・解除・解約の種類と効果

まず、贈与契約後、贈与契約がなかったものとされる場合としては、いわゆる①「法定取消し・法定解除」というパターンと②合意解除・解約というパターンがあります。

1.1 ①「法定取消し・法定解除」

それでは、法定取消しと法定解除について、少し詳しく見ていきましょう。

◯法定取消し

法律で定められた一定事項が生じた場合に契約の無効や取消しを主張することをここでは、法定取消しと呼んでいます。既にこのサイトでも解説している契約の有効要件に関するものなどがこれにあたります。

 ◯錯誤(民法95条)
◯詐欺・脅迫(民法96条)
◯未成年者の法律行為(民法5条)等

があります。
従来、錯誤は現在民法の規定上は、無効とされているのが実質的に取消しに近いという側面がありました。2020年4月1日の施行の民法改正で、規定上も「取消し」となりました。

(取消しの効果)
第121条  取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

そして、この法定取消しがあるとその契約は、契約時よりなかったものとして扱われることになります。これを、「遡及的無効」と呼んだりします。

◯法定解除

法定解除とは、契約の相手が約束を守らないという債務の不履行を根拠として、契約を解除する場合をいいます。この法定解除の代表的な条文を上げると

(催告による解除)
民法541条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

(催告によらない解除)
民法542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

があります。

次に法定解除の効果です。
条文上、明確な規定はありませんが、判例や学説の通説は、契約の法定解除がなされるとその契約は、契約時にさかのぼって消滅するとしています(直接効果説)。なので、この場合も、上記の法定取消しと同様、契約は、「遡及的無効」となります。

1.2 ②「合意解除・解約」

こちらは、贈与契約の成立後、当事者の合意によって、契約の内容をなかったことにしましょうという合意をして、契約関係を終了させるものです。
契約をしたのだけれとも、やっぱりなかったことにしましょうという実務上はよくある話です。

契約の成立後、当事者の合意によって、契約をなかったことにしましょうという合意をして、契約関係を消滅させるものです。
法定取消権や法定解除権の行使と異なり、契約を消滅させる際に当事者の合意により消滅させるというものです。その効果については、民事上の契約関係はあくまでも当事者の問題ですので、当事者間で当初から契約はなかったことにしましょうという合意をすれば、当事者間において、遡及的に契約がなかったこととする合意は可能です。ただし、当初の契約も合意であり、さらにそれを消滅させるのも合意(契約)であるという側面から、特に課税関係との関係で、これを1つ目の契約がなくなったと評価するのか、それとも2つの契約として評価するのかなど、難しい問題があります。

 

2 税務上の扱い

次に、贈与契約の取消し・解除・解約があった場合の税務上の扱いを、上記の民事上の効果を前提に見ていきましょう。

2.1 ①「法定取消し・法定解除」

贈与契約について、法定取消し・法定解除がされ場合には、民事上、贈与契約は契約時に遡ってなかったことになるのは上述の通りです。とすれば、契約はそもそもないのですから、贈与税等についても発生しないとになります。既に申告をしてしまっていれば、更正の請求ができるということになります。
ただし、、税務上は、贈与による財産の取得に経済的な担税力を見出して課税するという税法の特性から、取得した財産から経済的利益の享受が継続している限りは、法定取消権等の行使
があったとしても、贈与をなかったものとして扱うことは困難なため、更正の請求をするには、経済的成果を現実に除去している必要があるでしょう。

    東京高判平成13年3月15日
    贈与税は、贈与契約等の原因行為そのものにではなく、その結果として取得した経済的成果に担税力を認めて課税するものであるから、仮に原因行為が実体的に無効であるとしても、当該経済的成果が原因行為の無効を基因として現実に除去されない限り、贈与税の課税物件(課税客体)を欠くことにはならないものと解するのが相当である。

なお、課税実務上は、通達があります。

「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」
ー昭和39年5月23日直審(資)22・直資68

8 贈与契約が法定取消権又は法定解除権に基づいて取り消され、又は解除されその旨の申出があった場合においては、その取り消され、又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に変更したことその他により確認された場合に限り、その贈与はなかったものとして取り扱う。

つまり、贈与契約により既に不動産等の名義(登記)変更が行われている場合には、法定取消しや解除がなされても、名義等を元に戻しておかないと税務上は、贈与をなかったものとしては扱わないですよということを言っています。この通達は、経済的成果の除去の実務上の把握方法として、「当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に変更したことその他により確認された場合に限り」という限定を付しています。

2.2 ②「合意解除・解約」

贈与契約自体についての課税関係

上述のとおり、民事上は合意解除であっても、契約時に遡って贈与をなかったものとする合意をすることが許されています。

一方で、税務当局は、合意解除の場合、原則として、当初の贈与契約が存在していることを前提に贈与税が課税されるものと解しています。これは、上述のとおり、合意解除が当初の贈与契約を新たな契約(合意解除)により、消滅させるものであるという点にあるでしょう。
ただし、かなり例外的な場合に限定していますが、一定の場合には贈与をないものと扱うとされているケースがあります。

「合意解除等による贈与の取消しがあった場合の特例」
—昭和39年7月4日直審(資)34・直資103

4・・・省略・・・贈与契約が合意により取り消され、又は解除された場合においても、原則として、当該贈与契約に係る財産の価額は、贈与税の課税価格に算入するのであるが、当事者の合意による取消し又は解除が次に掲げる事由のいずれにも該当しているときは、税務署長において当該贈与契約に係る財産の価額を贈与税の課税価格に算入することが著しく負担の公平を害する結果となると認める場合に限り、当該贈与はなかったものとして取り扱うことができるものとする。
(1) 贈与契約の取消し又は解除が当該贈与のあった日の属する年分の贈与税の申告書の提出期限までに行われたものであり、かつ、その取消し又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を変更したこと等により確認できること。
(2) 贈与契約に係る財産が、受贈者によって処分され、若しくは担保物件その他の財産権の目的とされ、又は受贈者の租税その他の債務に関して差押えその他の処分の目的とされていないこと。
(3) 当該贈与契約に係る財産について贈与者又は受贈者が譲渡所得又は非課税貯蓄等に関する所得税その他の租税の申告又は届出をしていないこと。
(4) 当該贈与契約に係る財産の受贈者が当該財産の果実を収受していないこと、又は収受している場合には、その果実を贈与者に引き渡していること。

つまりは、申告期限前の合意解除であり、名義等を含めて、客観的に贈与契約により便益を受けていない場合には、税務署長の判断により、なかったこととしてあげても良いよ!?という規定になります。つまり、この通達を前提にすると、申告期限後の合意解除の場合には、更正の請求等はできないと税務当局は考えているということでしょう。

ただし、申告期限後に更正の請求などが認められるのか等の法的な解釈については、平成23年の国税通則法改正などの関係から、非常に難しい問題があります。
ここでは、国の考え方を示すに留めますが、法律の解釈としては必ずしもそのように解釈することは難しいという側面もあります。議論の詳細を知りたい方は、以下の拙著で細かい分析や議論を整理していますので、ご参考になさっていただければと思います。

    「民法・税法2つの視点で見る『贈与』」(清文社)

解除の合意についての課税関係

前述の税務当局の考え方(原則として、当初の贈与がなかったものとしては扱わない)を前提に考えるのであれば、解除の合意についても、その合意で再度財産が受贈者から贈与者に移転するというのが理論的には整合的です。一方で、合意解除による財産の移転にまで贈与課税をするとすると、合意解除により、当初の贈与契約とその後の合意解除2回の贈与課税が生じるというのは何とも違和感がある結論となります。
その点について、税務当局は、以下の通達により、贈与としては取り扱わない旨を定めています。

「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」
ー昭和39年5月23日直審(資)22・直資68

(贈与契約の取消し等による財産の名義変更の取扱い)
12 贈与契約の取消し、又は解除により当該贈与に係る財産の名義を贈与者の名義に名義変更した場合の当該名義変更については、「8」から「11」までにより当該贈与がなかったものとされるかどうかにかかわらず、贈与として取り扱わない。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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