債権の消滅時効と貸倒れ 〜貸倒れの税務と法務⑥〜

今回は、債権・債務の消滅原因の代表格である消滅時効制度と貸倒損失の関係について、書きたいと思います。
 まずは、消滅時効制度の解説をして、その後、貸倒れについて書きたいと思います。

 

1 消滅時効の要件事実

税理士の先生もご存知の通り、時効は、ある一定の期間を経過したことを条件として、債権・債務を消滅させるものではあるのですが、法律的にいうと期間の経過のみで、その効果(消滅)が発生するわけではありません。
 消滅時効の要件事実は、下記の3つにあります。

  1. ① 時効期間の経過
  2. ② 時効の中断(更新)・停止(猶予)事由がないこと
  3. ③ 時効援用の意思表示

なお、②については、債権・債務の消滅を争う者が、「事由があること」を証明する責任を負います(証明責任に関する記事)。

 以下、この3つの要件について、少し具体的に見ていきましょう。

1.1 ①時効期間の経過

この時効期間ですが、簡単なもののように見えて、実は判断がかなり難しいところがあります。その原因は、現行民法が採用している職業別短期消滅時効の存在があります。一旦、現行民法における一般的なものを見てみましょう。

◯現行の主な時効期間

債権者が権利を行使できるときから、
 

債権の種類 消滅時効期間
一般民事債権(民法167条1項) 10年
賃料(民法169条) 5年
業者の貸金等の商事債権(商法522条) 5年
診療報酬(民法170条1号) 3年
「工事」請負代金(民法170条2号) 3年
売掛代金(民法173条1号) 2年
従業員の給与(労働基準法115条) 2年
運送料金(民法174条3号) 1年
判決・裁判上の和解等で確定した債権(民法174条の2第1項) 10年

表にすると、わかりやすいようにも見えますが、具体的に見ていくと「運送」料金ってこのケースでそう言えるの?とか、実務上難しい問題がでてきます。

◯改正後の民法の時効期間

平成29年5月26日に成立した民法改正では、このような実務上の問題が多かった職業別短期消滅時効を廃止され、下記のルールで運用されます。

・債権者が権利を行使できることを知った時から:5年間
又は
・権利を行使することができる時から:10年間

税理士の先生が携わることが多いと思われる事業者からの契約に基づく債権の場合には、契約者は、契約書通りに権利を行使できることを知っていたと評価できるでしょうから、原則5年間になったんだなというふうに考えていただければ良いと思います。

1.2 ②中断(更新)・停止(猶予)事由

時効の制度は、基本的には、権利があるにもかかわらずそれを長年放置した者も悪いよねという趣旨を含んでいます。ですので、時効期間が経過したからといって、法律に定められた行為等を債権者がした場合には、時効を中断させる効果を持つものがあります。
 この「中断」というのは、民法改正で「更新」と呼び方が変わるのですが、一定の行為があった時にまた1から時効期間を計算し直すようにするものです。

一方で、「停止」というものもあり、こちらも民法改正で「猶予」と呼び方が変わりますが、こちらは、ある行為をすると、時効期間の経過自体は止まらないのですが、一定の期間までに時効の中断(更新)の措置をすれば、時効の完成を防ぐことができるというものになります。

 以下、主な事由について見てみましょう。

◯請求
・裁判上の請求・・・・・中断(更新)
・支払督促・・・・・・・中断(更新)
・訴え提起前の和解・・・中断(更新)
・調停の申立て・・・・・中断(更新)
・破産手続参加等・・・・中断(更新)
・催告・・・・・・・・・6ヶ月間の停止(猶予)
◯差押え及び仮処分・・・中断(更新)
◯債務の「承認」・・・・中断(更新)

があります。時効中断(更新)事由等でよく問題になるのが、一番下の「債務の承認」です。つまり、債務者が債務を認めたと評価できることがあれば、それで時効が中断(更新)になるということになりますので、この債務を認めた行為があったのか否かが争いになるわけです。

なお、民法改正で、新たに協議による時効完成猶予制度が追加になります。今回は、貸倒れについてのお話ですで、詳細は、別の記事で書きたいと思いますが、債務者が債務の存在を認めているわけではないが、債権者との間で協議する意思を有しているような場合に、やむを得ず訴訟の提起を行うという選択以外に、協議を行う旨の合意を書面ですることで、1年間は時効の完成を猶予して、協議するという選択をすることができるようにする制度になります。

1.3 ③時効援用の意思表示

最後に、時効期間が経過し、中断(更新)事由等がない場合であっても、時効期間の経過を持って、債権・債務が消滅するというわけではありません。時効の完成により、債務の消滅を主張するには、時効により利益を受ける者からの時効の援用、つまり、「私は時効の制度を利用するので、債務の弁済はしません。」という趣旨の意思表示が、債権者に対してされる必要があります(不確定効果説)。

 

2 消滅債権と貸倒損失との関係

以上が、消滅時効の要件事実になりますが、以下ではこれと貸倒損失の関係をみていきましょう。

2.1 時効の要件事実と貸倒損失の関係

消滅時効により債権が消滅した場合の貸倒れについては、「法人税法基本通達9−6−1〜3」についても記載がありません。ここでは、消滅時効と貸倒れの関係を見るために、少し、税理士の先生からいただいた質問を見てみましょう。

Q.) 顧問先X社が、Y社に対して有していた貸金債権を、貸付から8年後に貸倒処理をしたのですが、税務調査において貸金債権は5年で時効により消滅していたことになるから期ズレであると指摘されてしまいました。
 
この指摘は正しいのでしょうか。また、どのように反論すれば良いでしょうか。

この貸金債権は、事業者である法人同士の貸金であることから、消滅時効の期間は、上記の通り、5年ということになります(現行法でも、改正後でも同期間)。
 調査官から、「貸金債権は5年で時効により消滅していた」のだから期ずれである旨の指摘を受けたとのことですが、上記の消滅時効の要件事実をご確認いただけば分かる通り、時効期間が経過したからといって、時効の効果が発生するわけではありませんので、このような指摘に対しては、この点から反論が可能ということになります。

 

2.2 時効と寄附金

時効の上記要件事実が満たされると、債権が法的に消滅するため、貸倒れとして損金としたいとことです。

ただし、これも単に放置して債務者に時効を援用されてしまったという場合等には、寄附金とされる可能性がなくはありません。これまでの記事でも書いてきたように、その回収過程等から、実質的に「経済的な利益の〜無償の供与」として、寄附金と認定されるおそれは残りますので注意が必要です。

 

3 まとめ

今回は、債権の消滅時効制度と貸倒れの関係について見てきました。税務調査の場面でも、時効制度の要件事実がふまえられていない否認指摘があるようですので、ご注意ください。
 また、時効と言っても、やはり債権回収を怠った結果であるという点は残りますので、寄附金とされるリスクは残りますし、普段から債権回収をきっちりとするように顧問先さま等にはアドバイスしていただいた方が、経営面ではプラスだと思います。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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