相続税申告における説明義務とは?
―納税猶予制度の説明義務違反を肯定した事例

本記事のポイント
  • 農地相続の納税猶予の適正手続の税務代理を受任した税理士は、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議書(一部遺産分割協議書を含む)が作成されなければならないことを説明すべき義務があること
  • 相続税申告の依頼を受けた場合、税理士さんはどこまでを説明すべきでしょうか。

    相続人間で争いのない事案であれば、相続税申告の期限や必要資料を集めれば申告を行えるため、説明義務の問題が顕在化する場面は少ないといえます。

    一方、相続人間で争いが生じた場合には、説明義務を尽くしたかどうかで問題が生じる場合があります。

    今回は、農地相続の納税猶予に関する適用申請に関する委任を受けた税理士の説明義務違反を認めた事例(横浜地裁平成元年8月7日判決)を通じて、税理士の説明義務について解説していきます。

    なお、この判例は結論として税理士の損害賠償責任を否定しているため、どの点で損害賠償責任が否定されているのかも解説していきます。

    なお、弊所では税理士の先生のご相談を年間400件以上受けており、税理士賠償責任(税理士側)の実務対応を多くしてきた経験から、以下の記事で、税理士の先生の税賠対応について整理していますので、そちらもぜひご参考にしていただければ幸いです。

    1 事案紹介

    本件の事案の概要と経過は、以下のとおりです。

    1.1 事案の概要等

    前提知識

  • Xほか9名は、父である甲(昭和58年1月8日死亡)の相続税申告手続を行う必要があった。
  • 税理士Yは、昭和58年3月下旬、相続人代表Xとの間で相続税申告手続の代理を、同年4月下旬ころに相続財産である農地の納税猶予の適正申告手続の代理を受任した。
  • 事案の概要

    Xほか9名は相続で争いとなり、相続税申告期限の最終日である昭和58年7月5日までに遺産分割協議が成立しなかった。

    そのため、Yは同日、相続財産未分割の状態でXの相続税申告手続を行ったが、納税猶予の適用申請は行わなかった。

    その後、遺産分割協議が成立し、農地を相続したXが、Yに対し、農地についての一部遺産分割協議書が存在することが納税猶予の適用を受けるための要件であることを聞いていればそれを行っていたとして、損害賠償を請求した。

    1.2 経過

    昭和58年1月5日

  • 被相続人甲死亡。Xほか9名が相続人となった。
  • 昭和58年3月下旬~4月下旬

  • Xは、相続人を代表して、Yとの間で、相続税申告手続及び相続財産のうちXが取得予定であった農地について納税猶予の適用申請手続の税務代理を委任した。
  • 昭和58年7月5日

  • 相続税申告期限の最終日であったが、Yは、相続税申告手続を行ったものの、納税猶予の適用申請をしなかった。申告期限後、遺産分割協議が成立した。
  • 昭和58年9月24日

  • Yは遺産分割に基づき相続税の修正申告書を税務署に提出するとともに、納税猶予の適用申請をしたが、要件を欠くものとされ、納税猶予を受けることができなかった。
  • 2 解説:税理士の説明義務

    本判決の争点はYの説明義務及び因果関係の有無になりますが、特に参考にすべきポイントは以下の点になります。

  • 税理士は、農地の納税猶予の適用申請手続の税務代理を受任した場合、委任者に対し、納税猶予の適用申請を行うためには、申告期限までに共同相続人間で遺産分割協議書(当該農地のみの遺産分割協議書でも可)が作成されなければならないことを説明すべき義務がある。
  • 相続税申告期限までに、農地についての一部分割協議も成立する蓋然性が乏しい場合、義務違反と損害との間に因果関係はない。
  • 裁判所は、

      租税特別措置法上の農地の納税猶予の法的要件を挙げたうえ、税理士が農地の納税猶予の適用申請手続の税務代理を受任した場合、申告期限までに、当該法的要件の一つである「納税猶予の対象となる農地の遺産分割協議書が作成されなければならないこと」を説明すべき義務がある

    とし、Yはその説明を行わなかった旨認定しました(Yの説明義務違反肯定)。

    そのうえで、相続税申告期限までに農地の遺産分割協議が成立する可能性があったか否かについて事実認定し、本件においては、

      相続税申告期限までに農地のみを対象とする一部分割協議が成立する蓋然性は乏しく、上記Yの説明義務違反と損害との間に因果関係はない

    として、Xの請求を棄却しました。

    (教訓・対策)

    上記判決では、Yに納税猶予の要件に関する説明義務があることを認めた一方で、納税猶予の適用申請の申告期限までに全部または一部の遺産分割協議が成立した蓋然性が低いことを理由に、義務違反と損害との間の因果関係はないとし、Xの請求を棄却しました。

    同判決は、因果関係を否定することができる事実関係でしたが、因果関係の事実認定は裁判官や事案により左右されるものであるため、仮に遺産分割協議が成立する蓋然性があると認められた場合、納税猶予の要件に関する説明を行っていない税理士さんに責任があると判断されてしまう可能性があります。

    そのため、納税猶予の適正手続を含めた相続税申告を受任する税理士としては、相続税申告期限のみならず、納税猶予の適用要件を含めた説明を十分に行う必要があり、かつ説明したことをメール等の証拠化できるかたちが残しておく必要があると言えます。

    3 まとめ

    今回は、農地相続の納税猶予に関する適用申請に関する委任を受けた税理士の説明義務違反を肯定した事例についてご紹介しました。

    説明義務の問題は相続税申告のみならず、様々な場面で出てくる問題と言えますので、説明を尽くしていなかったと言われないよう、依頼者に対してしっかりと説明を行うとともに、説明したことを証拠化しておくことをおすすめします。

    税理士が負う「説明・助言義務」については、下記にも詳細に説明していますので、そちらもご参照ください。

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