遺言能力とは?(遺言者に認知症の疑いがある場合等の扱い)〜遺言の法務と税務②〜

 前回は、遺言シリーズの第1回として、遺言についての基本的な原則等を確認しました。今回は、遺言が有効なものとして、扱われるために必要な「遺言能力」について、書きたいと思います。
 認知症の疑いがある方などが遺言をするケースについて、実務上、税理士の先生も関わることもあるかと思いますので、ぜひご参考にしていただけると嬉しいです。

1 遺言能力?

 前回の復習にもなりますが、遺言能力は、法律の世界では、下記のように定義されています。
 

  1. 遺言内容を理解し、遺言の結果を弁識しうるに足る意思能力

つまりは、遺言をする時に、ちゃんと自らが行う遺言の内容を理解し、その遺言の結果どのような効力が生じるのかという点がわかる力がないと、遺言は有効なものとはなりませんよということです。

1.1 未成年者

 前回の遺言の総論的な記事でも解説しましたが、遺言は、代理で行うことができませんので、通常の場合と異なり、親などの親権者が代理することもできません(遺言代理禁止の原則)。一方で、遺言には、未成年者等の行為能力制度の適用もありません(民法962条)。
 そこで、民法は、「15歳に達した者は、遺言をすることができる。」(民法961条)としています。
 これは、15歳未満であれば、親の同意があろうがなかろうが、遺言はできない(無効)ですし、15歳に達した者は、親の同意があろうがなかろうが遺言ができる(有効)としています。
 なお、15歳以上であったとしても、下記の高齢者のように認知症やその他精神疾患により意思能力がないとされた場合には、遺言能力はなしとされるので、注意が必要です。
 

1.2 高齢者等

 こちらが、税理士の先生方が実務的に遺言能力の問題として、遭遇することが多いケースかと思います。医者に認知症(の疑いがある)と診断されている場合などに、遺言能力(意思能力)がなく、無効となる可能性があるというケースです。

 なお、意思能力がないと疑われる場合には、遺言者が成年被後見人となっているケースもあるかと思います。前回の記事でも書いた通り、遺言は代理で行うことができませんので、後見人が代わりに行うということももちろんできません。
この場合には、下記の特別な形式での遺言でない限り無効とされてしまいますので、ご注意ください。

(成年被後見人の遺言)
第973条  成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2  遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。 

 つまりは、一時的に意思能力が回復していることを2名以上の医師が立ち会い、その医師による証明を受けなくてはならないということになります。

 制度としては成年被後見人の遺言もこのような要件で認められるのですが、実務上はこのような責任も負いえることをしてくれるお医者さんはなかなかいないので、正直厳しいところがあります。

2 判断の基準

 遺言能力(意思能力)があるのかないのかという点の判断は、非常にむずかしい問題です。ここでは、裁判例をもとにした判断基準を書いていきたいと思います。
 
過去の裁判例では、

①精神医学的観点
②遺言内容の複雑性
③遺言の動機、理由、遺言者と相続人、受遺者との人的関係など

というような要素から遺言能力(意思能力)の有無を判断しています。

以下、1つずつ見ていきましょう。
 

2.1 精神医学的観点

 
 まずは、意思能力は判断能力の問題ですので、遺言時の遺言者の状態がどのような状態にあるのかという点が非常に重要となります。医者の状態に関する診断書等があれば、その状態を表すものとして、非常に有効です。
 ただし、実務上は、必ずしも適切な診断書を得ることができる場合があるわけではありません。そのような場合は、一つの基準として「長谷川式簡易知能評価スケール 」というものが利用されるケースが多いです。

 20点以下で、認証症が疑われるということになるかと思いますが、裁判例等を見ていると15点が一つの目安になるか?とも思われます。

なお、下記の裁判例紹介の中にもありますが、「認知症」=「意思能力がない」ということではありません。下記の事情等も考慮して、結局は総合判断になります。    
  

2.2 遺言内容の複雑性

 裁判例などでも、考慮されているものとして、遺言内容がどのようなものだったかという点があります。
 意思能力は、つまりはその遺言の内容や効果が理解して、意思決定できているのか?という点がポイントですので、当然、単純な遺言は内容を理解しやすいでしょうし、複雑な遺言は内容を理解しにくいということになりますので、単純な内容の方が、意思能力があったとされやすいということになります。
 例えば、財産の全てをある特定の人にあげるという内容のものは、「A銀行預貯金は甲に、B銀行預貯金は乙に、自宅はCに・・・・」等という遺言に比べれば、意味を理解しやすいというのは、直感でわかるかと思います(遺留分の問題は別として)。
 

2.3 遺言の動機、理由、遺言者と相続人、受遺者との人的関係

 これは、遺言書の内容には現れませんが、これらの諸事情を考慮して、そうするのが遺言者の意思として、普通だよね、合理性があるよねという内容のものであれば、ちゃんと判断したのかなということで、意思能力はある方に働きます。
 例えば、遺言者に、配偶者・子供はおらず、妹と弟がいるというような事案で、妹はとてもよく介抱等してくれたのに対して、弟とは仲が悪く10年以上連絡すら取っていないという事情であれば、遺言者として財産を妹にあげるという決断は、合理性があり、ちゃんと判断したのではないかということで、意思能力があったという方向に働く事実になるでしょう。

2.4 裁判例紹介

 以上のような事情を考慮して、最終的に意思能力があったのかないのか判断されます。
これらの事情は、総合考慮しますので、事案により判断は変わることになりますが、
以下では、長谷川式簡易スケールの点数と事情から裁判例がどのように判断したのかという点の参考としてあげておきます。
遺言能力裁判例

3 まとめ

 以上のように、遺言能力(意思能力)の問題は、かなり複雑な判断が求められますし、裁判になったとしても、判断が分かれることもあります。
 
 ですので、一般的な話にはなってしまうのですが、今後の家族や親族で争いが起こらないように、元気なうちに対策をしておくことが最も重要です。

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弁護士法人 ピクト法律事務所
代表弁護士永吉 啓一郎
弁護士となり、鳥飼総合法律事務所に入所。その後、弁護士法人ピクト法律事務所を設立し、代表に就任。 現在、250名以上の税理士の先生が会員となっている「税理士法律相談会」を運営し、年間400件以上、税理士の先生の法律相談を受けている。 特に法務と税務がクロスオーバーする領域に定評があり、税理士と連携した税務調査支援、税務争訟対応、相続・事業承継事前対策と紛争対応、少数株主事前対策と紛争対応、税賠対応(税理士側)や税理士事務所内部の法的整備などを多く取り扱う他、税理士会をはじめとした税理士向けの研修講師も多数勤める。 主な著書に「非公開会社における少数株主対策の実務〜会社法から税務上の留意点まで〜」(第1版・第2版)、「民法・税法2つの視点から見る『贈与』」、「民事・税務上の「時効」解釈と実務:〜税目別課税判断から相続・事業承継対策まで〜」(清文社)、「企業のための民法(債権法)改正と実務対応」(清文社)がある。

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